消失

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   それから二日ほど経ったある日、僕は『僕』が通っていた学校に来ていた。  門の前に立ち、校舎を見上げる様はさながら不審者のようであるが、僕は周りの目を気にしていなかった。  そもそも、どうしてこの学校に来たか。  学校側が特別特訓なるものをしてくれると言った理由であり、岸先生の「とりあえず行ってみれば?」という軽い助言もあって有難く受けさせてもらうことにした。  一応、僕は岸先生に教えてもらい、中学校三年生の範囲まで学習を終えている。それを通しても、相変わらず記憶は戻らない。けれども身元が分かった今となっては、もう新しい僕として生きていいだろうとそう考えていた。  とにかく今日から一週間ほどで、高校二年生までの内容を総復習とするとのことで、僕は少し深呼吸してから校舎に入った。  校舎内は外とあまり変わらない温度だった。風が入ってこないため、幾分(いくぶん)ましかといったようなところである。  やはり自分がこの学校に通っていたという実感もないし、懐かしさもない。そんなある種の消失と引き換えるように、見たことがないという物珍しさが手伝って僕は玄関で立ち止まり周囲を見ていた。  表彰状やトロフィーが飾ってある棚に行ってみて、それらの多さに凄いなと素直に思ったり、下駄箱の靴を見てどれも同じだったから、靴を間違えたりはしないのだろうかとか考えたり、とにかく目につく所々に感想を思ってみたり感心してみたりと意味の解らない行動を続けていた。  ようやくそれらを一通り終えて、スニーカーから来客用のスリッパを履いた僕が向かう場所は、保健室だ。そこで普段は外国人に日本語を教えている教師に勉強を教えてもらう予定である。  ちなみに電話先で職員室の届け出は不要とのことなので、僕は職員室の真横を通り抜けた。当然ながら不審がられる様子はない。ただ何も言わずに校舎に入ったことに対して、少しの罪悪感があった。
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