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「私は曽村 久美(そむら くみ)。教師をしているのは、ご存じかしら?」
「まあ、ええ。一応」
曖昧な返事だったが僕は頷いた。
言ってしまえば学校にいる大半の大人は、先生なのではないかと言う単純な思考が働いてしまう。まあ、どうやらそれは間違っていなかったようだが。
「あなたのことは聞いてるわ。災難だったわね」
彼女の『災難』というのは交通事故の事なのだろう。僕が交通事故に遭ったことは、曽村先生はもちろん他の先生も、僕の同級生も知っていることだろう。それは当然のことなのだろうが、僕にとっては何故か腹立たしく思えた。
何故だろうと考える前に、ほとんど反射的に僕は言葉を返した。
「いえ。お気遣いありがとうございます」
「いいえ。さて、立ち話もなんだからさっそく始めましょうか」
「はい」
僕は短く返事をして曾村先生の後に続いた。保健室に一歩踏み込んで見えたものは、左側にベッド、右側に薬品棚、奥のほうに水道だった。かなり質素と言うべきこの場所独特の雰囲気が漂っていた。
どこか懐かしいと思うのは、入院していた病院と似ている環境のせいかもしれない。
数多の書類が置かれた中央の机で、さっそく勉強会が始まる。既習済みの範囲のプリントを渡されたが、ものの十五分ほどで全部解けた。
あっさりと解けたことに楽勝かもしれない、と言う安易な思いが頭をよぎったが、そう甘くないようで次の範囲のプリントにはかなり苦戦した。
腕試しとプリントを解いてから高校一年生の範囲の要点を掻い摘んで授業をしてくれたため、三時間で学校の補助授業は終わった。
「夏目君は理解力があって助かるわ」
「無いですよ」
曽村先生の言葉に僕は小さく笑った。この三時間の勉強会で、曾村先生と僕はかなり打ち解けていた。その要因は曾村先生が親しみやすいからで初対面の僕にも優しいし、問題に躓いて困っていたらすぐに教えてくれる先生だったからだ。
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