第1章

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 阿南市の実家から、雲辺寺に行ったときは、十時過ぎだったことを思えば、難儀する札所もなく、思いのほか多くの寺を参拝することが出来た。  次の札所曼荼羅寺までは六㎞余り、およそ十五分の道程である。取り敢えず曼荼羅寺周辺まで行き、その辺りで宿を探すことにした。寺は善通寺市の外れだが、市内には曼荼羅寺を含めて札所が五ヶ寺ある。宿を探す苦労はしないですみそうだった。 「ねえ、今日はまだ廻るの……」  何か含みがありそうな訊き方である。  生まれて初めて練習場で小一時間、球を打ったせいか疲れたのかも知れない。もしかすると、素人とは思えない球筋を連発したため、気が昂ぶったままで、通りすがりにでも打ちっ放し場があれば、行きたいとでも思っているのだろうか。    ホテルを探すのが先だった。車が県道に出た所で路肩に寄せ、インターネットで「曼荼羅寺周辺のホテル」を検索すると三十数軒が登録していた。その中で上吉田町のホテルに決めた。  甲山寺、善通寺には五、六百㍍と近かった。曼荼羅寺と出釈迦寺へは少し遠いが、それでも一・五㎞でしかなく車だから五分で着く。 「ホテルは善通寺近くに決めた。曼荼羅寺も同じ市内だし五分ほどの所にある」 「そう、……ボール打ったりしたから、ちょっと疲れた」 「今夜はぐっすり眠れるよ」 「嫌! それは嫌! 三日も離れていたのだから、死ぬほど抱いて ね、お願いだから深く愛して!」  加奈子が身悶えるようにして叫んだ。  綺麗なホテルだった。部屋数は四十以上あるようだ。館内にはレストラン、宴会場、会議室、コインランドリー(有料)、クリーニングサービスもあり、バスタブも付いていた。    二人はいつもの通り、汚れ物を洗濯機に入れ、洗い終わったところで乾燥機に入れた。そのあと夕食は館内の「彩里」というところで食べることになっている。  行ってみると普通の食堂で、一品料理が数多く並んでいた。雅宏はサンマの塩焼き、サワラのけんちん味噌焼き、太刀魚の揚げ煮に味噌汁とお新香を取った。それにご飯と生ビールを注文した。  ボールを少し打ったせいか、雅宏の胃袋はまだ満たしきれていない。まだ、何か食べるつもりなのか、また惣菜ブースへ立って行った。
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