第1章

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 現在の大興寺は真言宗の寺院であるが、往時真言二十四坊が甍をつらね、同じ境内で真言天台宗が兼学したという珍しい来歴を持つ。  そのためか天台宗の影響が大きく、本堂に向かって左側の弘法大師像とともに、右側に天台宗第三祖智(ちぎ)を祀る天台大師像があるという配置にその名を留めている。また本尊脇侍は不動明王と毘沙門天であるが、不動明王は天台様式である。  香川県の文化財として指定されているのは次の四件である。一つは像高八十四㎝の本尊薬師如来座像で、平安後期檜寄木造り、漆箔、伝弘法大師作。  鎌倉時代後期建治二年の銘がある天台大師座像は檜寄木造り彩色で像高七十七、四㎝。天台大師彫像は極めて少ない。  仁王門にある雄輝な金剛力士立像は仏師として名高い運慶の作と伝えられ、像高三百十四㎝。鎌倉初期の作、八十八ヶ所最大とされる。  「大興寺」と記される扁額には文永四年の年号と「従三位藤原朝臣経朝」の裏書きがある。 「雅宏さんは、ハンディいくつですか」  雅宏の腕に興味があるのか、加奈子が訊いた。ハンディが多ければ、レッスンプロにでも教わるつもりだろうか。ちょっと癪に障る訊き方だった。 「打った所を見てかから判断してくれ」  雅宏は自分でも驚くほど、ぶっきらぼうに答えていた。 「相当自信があるみたいね」    加奈子が無神経にのたもうた。 「……」    それには答えなかった。 「ごめん、何か気に障ったの」  加奈子が雅宏の顔を横から覗き込むようにしていった。  雅宏はそれに答えず、前を向いてハンドルを握っていた。道幅が狭くそのうえ見通しが悪くカーブが多い道だった。うっかりすると路側帯に乗り上げそうだ。  第六十八番札所神恵院(じんねいん)は、六十九番札所観音寺と同じ琴弾公園内の琴弾山の中腹にある。二つの札所が同じ境内に存在する珍しい霊場だ。  開基したのは法相宗の高僧・日証上人といわれている。大宝三年この地で修行中、宇佐八幡宮のお告げを受け、彼方の海上で神船と琴を発見。琴弾山に引き上げ「琴弾八幡宮」を建立して祀った。  このとき神宮寺として建てられた寺が起源とされている。大同二年弘法大師が琴弾八幡宮の本地仏である阿弥陀如来像を描いて本尊として祀り、寺の名を「神恵院」とし、六十八番霊場とした。
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