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『王女と護衛の温泉物語』。
使われた三つの単語の、唐突感がどうにも隠せていない。艶も全く感じられない題の演目は、上演の度に何故か好評らしい。
「我がレストの最大のスポンサー、ディアルスに伝わる昔話なんですよ、これ。ディアルス前身の大国ディレスの、建国物語らしいんですね」
温泉が名物だったという旧い国名が、そこで引き合いに出される。
「資源の不足に苦しむ凍土の自国のために、王女自ら護衛を連れて、西の大陸中を駆け回るお話なんです。最終的に、自国の温泉を売りに、見事近隣地域と交易を確保し、一緒に頑張った護衛と結ばれる……心温まるサクセスストーリーですね」
「ディレスに伝わる伝説なのよね。ワンピースと長いブーツがトレードマークの、元気で優しくて賢い王女様」
「その三拍子が揃うと、意外に演るヒトを選びますからねぇ。特に若い王女なので、鶫さんならぴったりなのです」
「ちょっと行動は破天荒だし、ジパング語じゃなくて共通語でやるし、その辺が小鳥ちゃんとどうマッチするかが、今回は楽しみなポイントね」
その演目では、ヒロインと相方、どちらも演じたことがあるという黒髪の花形が、研究し尽くした台本を開いて笑っていた。
「うーん……」
共通語の台本を赤い髪の娘は難しい顔で、翻訳してもらいながら睨む。
「……」
その後ろで、共通語はわかるため、少年はさっさと先を読み進めていた。
「……――」
古い伝説。とても強く、優しい好青年ながらたまに間の抜けた護衛を、バカと窘めながら心から信頼して連れ回す王女の物語。時には自らも武器をとって、国の未来を切り開いていく勇敢な娘の話がそこにはあった。
「――アレ? ユーオン君……大丈夫?」
役者たちの円陣から、自身も一歩ひいていた帽子の友人が少年を見た。
「……あれ。ほんとだ」
少年も呆然とした。何故か拙く、細い涙が頬を伝っていた。
「これそんなに哀しいお話なの? あの穏やか情熱クール系のユーオン君が、涙するほど!?」
物語が気になったらしく、帽子の友人も慌てて台本をめくる。
目端を拭うが、滲む涙は止まらなかった。どうしてなのか、物語の王女が懐かしかった。台本を閉じてようやく、おかしな涙は治まっていた。
「穏やか情熱クール系って何だよ? クヌギ」
「え? 何かユーオン君、いつも穏やかだけど、蒼ちゃんとは熱く剣の修行してるし、鶫ちゃんや悠夜君と話してる時は冷静な感じがしてるし」
そしてこの帽子の友人の前にいると、普段より表情が豊かだと、赤い髪の娘から言われたことがあった少年だった。
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