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「変なの。それだけ近くにいたなら、イーレンのこと……助けてくれれば良かったのに」 「あれだけ串刺しなら即死だ。止める暇なんて無かった」  雨女は本来、雨を降らせるだけの化生で、特に強い妖ではない。  しかしその感情の高ぶりをコントロールできず、刃と化された雨を、全て目前の妖精に向けてしまったのだ。 「雨を刃にする力も、分けたのはイーレンだし。それなら、自業自得だろ」 「…………」  冷静な少年が、雨女は意外だったらしい。  ヒト殺しである雨女の事実を、全く動揺せずに見据える少年。人間の感覚であれば、それは信じられない不秩序だろう。 「妖精さんは……(あやかし)なんてわりと本当、淡白なのね」  仲間が殺されても、平然としているように見える少年に苦く笑う。自らはヒト殺しの咎に苛まれ続け、雨女はそうとしか言えないようだった。  雨女は、あくまで冷静な少年から、再び目を逸らして呟いていた。 「……私が、悪かったのよ」 「……」 「三つも年下の気まぐれなコに、本気になっちゃったのも……みんなには隠してって言ったのも、私からだったし」  座内で三角関係を作り、一座から去ったと噂されている妖精。そこには更に、ややこしい関係が隠れていたらしい。 「ルンや鴉に浮気されちゃったのも、私がつまらなかったからだろうし。逆恨みなのは、わかってたんだけど……」  それでも妖精の、その宝の剣に拘った雨女。それはただ、形見が欲しいだけの切なる想いだった。  自ら殺してしまった相手。その理由すらも、抑え切れない慕情だったのだから。 「でも、そう思えば思うほど、抑えられなくなって……私もう、何処か、壊れちゃったのかもしれないわ」 「…………」 「前はこのくらいなら、雨もコントロールできたはずなのに、今は何をやっても駄目になっちゃったの……可愛い小鳥ちゃんを見てると、久しぶりに何だか、幸せな気持ちが思い出せて……私、駄目な奴だから、どうしても抑えがきいてくれないの」  重過ぎる色の空からは、小さな雨粒が申し訳程度に降りて来ている。  雨女が今、どれだけ必死に自らを抑えているか、少年には嫌というほど伝わってきていた。  少年にとっては、この雨が本当に雨女の害意ではないと確認できたこと。  赤い髪の娘を歓迎する雨女の気持ちだとわかった時点で、妖精殺しの方を追求する気はなかった。 「……なぁ」  ただ一つ。ここまで話を聞いた以上は、ある事柄だけ――  見過ごすことはできない問題を、最後に口にする。 「あんたがもし、アイツを殺したことを、後悔してるなら……」 「……?」  そしてその後。少年が口にしたことをそのまま認めて、雨女は少年の言うことに素直に従っていた。 「あんたはオレより――まだ全然、帰ってこれるよ」  少年はただ、苦く笑う。  そうやって不戦協定を結んだ雨女に、今まで通り頑張るように、と背中を押したのだった。
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