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茫然とする娘に、人影はこんばんは、と上品に笑う。
長い髪をまっすぐおろし、娘よりも高い背で大人びた体つき。その顔が何故か娘の友達にそっくりなために、混乱に陥る。
「あなた……まさか――……」
確実に死んだ霊だとわかった。それでもその相手を祓って良いか、娘は咄嗟に判断できなかった。
黒い人影もそれをわかっていた。優しい娘は必ず、それを躊躇うだろうと。
忘我の手綱はそこで握られた。優しく甘い娘に付け込むのは簡単だった。
「……ねぇ、鶫ちゃん。お願いが、あるんだけど――」
今この時間は、娘の記憶には残らない。人影はそれを知って笑う。
「鶫ちゃんのカギを――……私に、くれない?」
それが誰かの大切な願い。娘の大事な友達によく似た黒い人影が望む。
それは大切なことだと、娘の霊感はわかってしまう。その優しさと鋭さ――大切なことは何事も疎かにできない、娘の隙間に人影は付け入る。
「――のこと――……忘れてほしいの……」
今はまだ、それはあまりに唐突な願いだった。しかし強過ぎる昏い願いに、娘は身動きができなかった。
決してソレは、娘達を傷付けることはない。それでも確かな侵蝕を伴い、黒い人影はあっさりと、娘の意識を奪ってしまった。
「――!」
ちょうどその場に、少年は出食わしていた。
起こってはいけない禍事。娘に近付く禍は何であれ、少年に許せるわけがなかった。
専属護衛たる少年が銀色の髪に変貌し、瞬時に剣を抜いて場に飛び込んでいた。
「……やぁ、キラ君」
ソレが誰か、少年にもわからない黒い人影。
しかし何故か、銀色の髪の少年をあっさりそう呼ぶ。少年が本来、己のものとして取り戻したかった古い名前を。
そのまま黒い人影は、剣を剣で軽く受け止め、昏く笑っていた。
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