6/13
前へ
/425ページ
次へ
 茫然とする娘に、人影はこんばんは、と上品に笑う。  長い髪をまっすぐおろし、娘よりも高い背で大人びた体つき。その顔が何故か娘の友達にそっくりなために、混乱に陥る。 「あなた……まさか――……」  確実に死んだ霊だとわかった。それでもその相手を祓って良いか、娘は咄嗟に判断できなかった。  黒い人影もそれをわかっていた。優しい娘は必ず、それを躊躇うだろうと。  忘我の手綱はそこで握られた。優しく甘い娘に付け込むのは簡単だった。 「……ねぇ、鶫ちゃん。お願いが、あるんだけど――」  今この時間は、娘の記憶には残らない。人影はそれを知って笑う。 「鶫ちゃんのカギを――……私に、くれない?」  それが誰かの大切な願い。娘の大事な友達によく似た黒い人影が望む。  それは大切なことだと、娘の霊感はわかってしまう。その優しさと鋭さ――大切なことは何事も疎かにできない、娘の隙間に人影は付け入る。 「――のこと――……忘れてほしいの……」  今はまだ、それはあまりに唐突な願いだった。しかし強過ぎる昏い願いに、娘は身動きができなかった。  決してソレは、娘達を傷付けることはない。それでも確かな侵蝕を伴い、黒い人影はあっさりと、娘の意識を奪ってしまった。 「――!」  ちょうどその場に、少年は出食わしていた。  起こってはいけない禍事(まがごと)。娘に近付く(わざわい)は何であれ、少年に許せるわけがなかった。  専属護衛たる少年が銀色の髪に変貌し、瞬時に剣を抜いて場に飛び込んでいた。 「……やぁ、キラ君」  ソレが誰か、少年にもわからない黒い人影。  しかし何故か、銀色の髪の少年をあっさりそう呼ぶ。少年が本来、己のものとして取り戻したかった古い名前を。  そのまま黒い人影は、剣を剣で軽く受け止め、昏く笑っていた。
/425ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加