半年前 -あの子がいなくなった-

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 体の中心に風穴が空くのは、何度されても慣れることはない。  秘境の田舎村に関わり、吸血鬼騒ぎで杙を打ちこまれた「守護者」は、教会裏の森で一人、胸を掴んで座り込んでいた。 「っていうか……これだからオレ、『宝珠』が手放せないのな……」  矛盾しているが、彼が吸血鬼でなければ即死だ。吸血鬼と知られて狙われたわけではないが、吸血鬼疑いの幼い娘をかばった傷で、村人達には死んだと思われただろう。 「人間は怖いや……あんな小さな子相手でも、容赦ないね……」  けろりと喋れはするものの、それは先刻、敵地の教会に向かわせた仲間が応急手当をしてくれたからだ。放っておけば死ぬ。生粋の吸血鬼である彼の体は、そもそも朽ちている。十代後半の中性的な青年に見える全身は、普段から魔性の気で活動を保っている。  この宝界という世界は、五つの「宝珠」に守られている。その内の一つ、「黒魔(こくま)の宝珠」の守護者である彼は、宝珠の力を以て造られた人工的な化け物だ。だから魔性の生き物なのに、聖なる守護者ができる。宝珠の加護で何とか命はあるが、いつまでもつかは怪しかった。  それでも彼は心配していない。仲間は必ず戻ってきて彼を助けるだろう。あのお人好しのくせに無愛想な医者は、彼の頼みで今回の仕事に同伴してくれた。 「後は『水華(みずか)』さえ、教会の奴らから助ければ……まあ、それが一番難題だけど……」  彼の上司が依頼した仕事は、この村の吸血鬼騒ぎの調査と悪魔払いだ。ところがそれは、表立った大義に過ぎなかった。  今回、次期守護者候補の少女が魔王一派の手に落ちた、と上司から知らせがあった。それが目前の教会に潜む残党だ。 「天使は、魔王一派には直接干渉できないって、前にも言ってたっけ……」  大いなる「力」である宝珠は、世界の裏面「魔界」の主、魔王一派に常に狙われている。守護者の彼は宝珠を守るために、天使の上司のバックアップを長く受けているが、それもギリギリの援助らしい。  他にも守護者は三人いるが、誰もが守るべき者と共に温かく暮らしている。この件は彼だけで片付けると決めた。唯一、捕まった少女と縁深い医者の助けだけを借りることにした。 「ザイ兄ちゃん……大丈夫、かな……」  実は本来の目的を、医者には全く説明していない。しかし少女を一目見れば、医者は必ず助けるとわかっていた。  だから彼は大義名分の依頼に集中していたのに、その結果がこのザマだ。彼は傍目には美形だと言われるが、最早顔も体も血まみれで見る影もない。
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