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それからしばらく、ひたすら少年はまた眠り続けた。
傍らで様子を見守る公家や剣の師は、ううんと頭を悩ませているようだった。
「特に何か、戦闘があった気配や痕跡はないってさ」
「気になるのは、ユーオン殿の着物が切れていたことじゃな。鶫の札が一枚だけ使われていたというのも、消耗の原因だけは、裏付けはするが……」
何かで「銀色」が外に出て体力を消耗し、それを少年が、呪符の力を借りてまで自ら止めようとした。
その場で起こり得たことを考えると、それくらいしかなかった。
「本人が目を覚まさなきゃ、どーしようもねぇな。しっかし、今度はどれくらい眠れば良くなるんだ、コイツ?」
剣の師が妙に不服気なのは、下宿中の娘のお供を、眠る少年が果たせなくなったからだけではなかった。
「鶫の晴れ舞台、もうすぐ始まっちまうじゃねーか。全公演応援に行って、その後で呑もうって約束してたっつーのに」
少年は非常に食が細いが、酒はわりと大丈夫なのだ。それでこっそり、共に呑む楽しみができた師でもあった。
「期間は二週間というし、確かに下手をすれば、眠ってる間に全て終わってしまう可能性はあるのう」
少年がせっかく守っていた娘の舞台を観られないこと。それは不憫であると公家も悩む。
そうして少年を親身に心配してくれる温かな者達の声は、ほとんど身動きせずに横たわる少年に、うっすらと届いていた。
しかしその温かさ以上に、傍らの剣の冷たさが少年の温度を奪っていた。
青白い光を仄かに放つ剣は、今も確かに、不滅の問いを少年に突き付け続ける。
剣がなければ少年は生きられない。しかしこの剣こそが、少年の命を奪ってもいる。
それでなくても拙い命を奪い続け、決して消えない責苦を、金色の髪の少年へと送り続けていた。
うなされている。そうとしか言えない顔付きで、時に苦しげに眠る少年を知っていたのは、公家だけではなかった。
「……おや、まあ……」
自称天の民の姫君は、新たな護衛を得る手筈がそろそろ整いつつあった。この御所に滞在する目的も果たせたと言って良かった。
「本当に……わたくし達と共に来られた方が、アナタにとって、幸せでしょうに……」
無難さと思いの強さ。ヒトのために動くことが信条だと信ずる身。
いつもあまりに無力だったために、無害な存在としてここまで時を過ごして来れた姫君は、少年の苦しみにフっと微笑む。
「少しだけ。無理をしてでも、お誘いしてみましょうか――?」
真新しい胸の傷痕を押さえながら、それだけ楽しげに呟いた姫君だった。
そして少年は、青白い剣の夢に今日も襲われる。
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