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 数日後に。世界を旅する千族一座の現地座員として、赤い髪の娘の初舞台の、まさに初日が訪れていた。 「ったく。やっぱりまだ起きやがらねぇな、コイツ」  千秋楽まで一週間以上の猶予はあるので、剣の師はそこまで焦る風でもない。ただ純粋に、残念そうにしている。 「寝たきりになるってとこも、そういや誰かさんを思い出すな。今日、アラスも、観に来るって言ってたっけな?」  師の古い仲間。過去に一度、命に近い「宝珠」を失いかけて長く眠りについた者を思い出して、師は苦笑したようだった。 「ま、あまり無理はすんな。すみれも頼也も、今日は行けないみたいだしな」  師は公家から子供二人を任され、後一人の帽子の友人を連れて、娘の舞台を保護者として観に行くことになっていた。 「よりによって、今日がご出立とは……ついてねーなぁ」  せっかくの初日に、公家と連れ合いが同伴できなくなった理由をブツクサと口にする。そのまま眠る少年を後にしたのだった。  花の御所の管理者の一人である公家は、三カ月近く留まった客の出立に、京都を出るまで付き添うことになった。  そうした時は、御所を預かる役目は姉に任せる必要があった。それで姪の舞台の初日を観れなかったことや、何より実母の姉に観せてやれなかったことは大きな痛手だっただろう。  公家も剣の師も不在となった花の御所では、ようやくとばかりに、ある異変の発現があった。 「……ねぇ。……私と一緒に、アナタも此方に来るのよ」  眠る少年に囁きかける声。少年と大きく年の変わらなそうな、謎の乙女の姿があった。 「私を捕まえたのはアナタだしね。私もアナタにも用があったの」  乙女は少年の剣の傍らに坐し、土色の短い髪を小さく揺らす。 「私の依り代を、壊したのはアナタだから。今度はアナタが、私の依り代になるのよ」  無力で無難な姫君の、有害だった侍従だけではない。その侍従を使役する根本、霊核たる媒介を姫君の胸に宿らせていた乙女は、その媒介だけを破壊した剣に、逆に憑いた状態と言えた。  だからこうして、人手の薄くなった御所で初めて現れ、少年にひっそり誘いをかける。
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