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「酷いことをするわよね。私は何も、悪いことはしていないのに」
その乙女も何一つ、力は持ち合わせない、無力な偵察者だった。
「弱い者でも遠慮なく害するアナタは、まさに死神ね」
ただ一点。無力であり、曇りなき強い善意の持ち主だった。それは力ある者にほど、無意識に見逃され、受け入れられやすい特性とも言える。そうして偵察者としての乙女の適性は測り知れなかった。
それなのに一目で、少年は乙女を敵と見切った。そんな少年とよく似た知り合いのために、乙女は少年のことも偵察にここまで来ていた。
「起きてね、死神さん。出発の時間よ」
乙女の思いの強さは、言霊に匹敵するほどの執念と言える。絶対服従という呪いに縛られる少年は、それを借用した相手の前で、ふっと、色の無い目をようやく開けていた。
そうして少年は夢遊病のように、そして条件反射で、浴衣の上から慣れた紫の袴を着ける。足取りは確実に、人目にふれないように御所を抜け出していく。
どれだけ長く歩いたのだろう。京都の南端、そこに広がる草原との境まで無言で辿り着いた。その先で待ち受けていた者が、今もあまり似合わない着物を身に着けたまま、にこりと少年に微笑みかけていた。
「よくぞいらして下さいました。わたくしの痛みもどうやら、無駄ではなかったようですね」
「…………」
その絶対服従たる呪いは、この姫君を害した少年への罰だ。だからその呪いの力でここまで来たのは、少年の意志――自業自得だと言える。強い心で土色の髪の姫君は微笑む。
「紹介しましょう。わたくしの新たな護衛の、吸血姫です」
誰かの傍らには、ケープで身を隠す若い女らしき人影があった。
「アナタと同じ死者とも言えます。最も彼女は、相当新しい、つい最近の死者ですけどね」
ふふふ、と、そのケープの中身を思い、姫君は実に楽しそうだった。
おそらくは、この少年が異端者であること。死者と呼ばれてもよいほど、本来ここにいるはずのない何者かだと姫君は知っていた。
むしろそれを知るために、御所に現れていたとも言えた。
「わたくし達は皆、本来終わった生を繋ぐ『死者の一族』……自らの身体を使っているのは、どうやらわたくしだけですけど」
死者の一族。それは本来、相性良き媒介に遷した魂の力で、死した自らの身体を動かす異端の化け物の総称だった。
「わたくしの命は、返していただきますね」
その媒介を突然、初対面の少年に姫君は破壊されてしまった。胸元に潜めたペンダントを完膚なきまでに斬られてしまった。
それまではずっと身体活動を全て封じ、死者と同様にすることで長く保っていた身体を、そこで急遽解凍するしかなかった。そうして己を生き物に戻すことで、存在の連続性を辛うじて繋いでいた。
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