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「……ということらしいが? ユーオン殿」
公家は半ば、呆れたような声で呟く。ずっと身動きしなかった少年に、突然そうして声をかけていた。
「そろそろ良かろう? その程度の縛呪は、自力で解除されよ」
「――え?」
キョトンとする乙女の前で。少年は、す――と、尖った耳元に素早い動作で軽く手を当てる。
「あらイヤだ。随分甘い処罰をするのね、こんな悪いコに」
ずっと尖り耳につけていた同時翻訳機を、少年が自分で外した瞬間、その目には紫の色が戻っていた。乙女からすぐに剣を取り返し、その切っ先を瞬時に向けていた。
「その器械が『絶対服従』の術の媒介だったのね。言霊を確実に届ける呪い、なるほど、巧いわね」
「……動くな、裏切り者」
翻訳機を外したことで、乙女が何を言っているのか少年は理解できなくなった。ただ冷たい青の目に変わり、見知らぬ乙女を観通す。
「『銀色』殿。お主が手を汚す必要はない。誘いだけお断りし、早いところ、御所に戻るのじゃ」
「…………」
「まだ体調は戻っておるまい? それにお主は――初めから、陽炎殿を殺す気はなかったはずじゃ」
少年はちらりと、少年を案じている公家を肩越しに振り返る。その厳しい目に無機質なだけの目線を向ける。
「……そうだな。こいつは――」
殺さなければいけない。既に定まった結論を実行しない理由は一つだ。
「俺の獲物じゃ――ないからな」
その因である、青白い剣を侵す昏く赤い夢を思う。何の感情も無い声で、それだけを公家に伝えていた。
「でも――」
そこで少年は、再び乙女の方に向き直った。
「アイツの相手は、俺の役目だ」
新たな護衛と言われながら、剣を向けられている乙女を特にかばうこともない外套の相手。しかしそれも越えて、少年が観ている者は他にあった。
「――……!?」
少年が言う者の気配に、気付いた公家が愕然とした。
その場に突然、少年と乙女の間に割り込むように、ソレが降り立っていた。
このタイミングで必ず現れると、銀色の髪の少年が気が付いていたその敵。
驚く公家に構わず、少年は一跳び分の距離だけ後退すると、長物の武器を持つ敵に改めて剣を向けていた。
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