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怪我のために、意識が胡乱になってきていた。
青白い月明かりの下、不思議と、彼と同じこの森で胸を貫かれた、見知らぬ少年のイメージがよぎった。
――……何か、言い残すことはある?
尋ねる誰かが、その少年を殺した。銀色の髪で赤い目の少年――何故か仲間の医者とそっくりな顔。実の親子としか思えないほどに。
それは駄目だ。あの医者が悲しむ。医者に子供などいないのに、唐突な焦りが溢れ出した。
――……それなら……契約、する?
もしも君が、あの子を助けたいなら。
声と共に、彼の魂は不意に、闇へと堕ち始めていた。
それは有り得なかった世界。有り得てほしかった世界の幻だと、彼は知らない――
古い教会に潜む魔王一派に、一人で殴り込みに行かせた仲間は、激しい赤の髪と目色をした美丈夫だ。そもそも魔王一派の幹部「四天王」で、十五年前の決戦時、四天王は最終的にほぼ守護者側に寝返っていた。
その裏切りは必定かもしれない。強い魔の者を四天王にしようと、人間の血を持たせた異例の跡継ぎばかりを、四天王にしたことの報いだった。
ただし一人だけ、守護者である彼と、最後まで手を組まなかった四天王もいた。
――……そう。なら、私がアナタの記憶を封印したことも思い出したでしょう?
彼と同じ吸血鬼の血をひき、人間との混血であった北方四天王。姉と言える相手が彼の敵だった。
――わかんないよ……わかんないこと多過ぎるよ、レイ姉ちゃん!
彼女は決して彼の手を取らなかった。彼の体が造られた頃、共に過ごした僅かな日々の記憶を封印し、守護者の抹殺を命じる魔王の言いなりとなった。
そんな彼女と、並々ならぬ因縁を持つのが仲間の医者だ。誰に対しても愛想良く本心を見せない彼女が、あの赤い髪と目の男にだけはあえて冷たい眼差しを向けた。
だから……と。そこで、彼女と男の間に入ってしまったのが、彼の誤算だった。
幸せになってほしかった。彼にとって唯一の血縁の彼女と、こうして後々まで甘えることになる医者の男。彼には仲間が沢山いるが、彼と同じく魔性に侵される異端者は僅かだけだ。人造の化け物である彼は天涯孤独で、片思いでも家族と呼べるものがあれば、彼女と彼女の愛する男、それ以外にはない。
たった一人で「宝珠」を守り、根無し草である彼の貴重な足場。
けれどその願いは、「彼」には大切でも、「彼の本体」の一番ではなかった……。
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