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「お主はそれで、良いのか――……アラス殿」
今も公家達、旧知の仲間への揺らがない思いを青年は持っている。それでも彼ら全てに背を向けると宣言する青年に、ただ尋ねる。
「イイわけないけど? 頼也兄ちゃん」
青年はそこで、とても不思議そうな顔で笑った。
「今は翼槞だって、とっくにわかってるのに。まだオレのこと、その名前で呼んでくれるんだね、兄ちゃんは」
「…………」
銀色の髪の少年と同じく、少なくとも二つの己を持った青年。それ以上は何も口にしなかった公家に、一瞬だけ悲しげに笑いかけた。
その後、公家の動向を窺っていた少年の方へと楽しげに振り返った。
「驚いたな。オレ一応、死神って仕事をしてるんだけどさ?」
「……」
「オマエは仕事とかじゃなく、天性の死神だね。オレなんて可愛く見えるくらい、血の匂いが漂ってるや」
少年ほどではないが、青年も勘が良いらしい。そうしてあっさり赤まみれの少年を看破する。
そうして青年は、降り立った時は構えていた武器を、何処ぞへ消失させてしまった。
「オマエを今連れてくと、頼也兄ちゃん怒りそうだし。それに――鶫ちゃんにしてやられたな。当分あいつ、動けなさそう」
「――!?」
少年が聞き逃せない名前を青年が口にする。
青年は軽く水平に掲げた手から、視界を閉ざす強く濃い霧を唐突に発生させると、後ろの乙女と外套の人影を全てぼやかしてしまった。
「それじゃーね。またどっかで会おーか、『剣の精霊』」
「っ――……!」
体力が消耗し、立っていることも精一杯の銀色の髪の少年と、大き過ぎる力の差を見せつけられるようだった。
少年との敵対を宣言し、三人もの生き物を易々と転位させた強大な化け物は、その場から完全に去っていった。そうして公家にも背中を向けた、今代の黒の守護者だった。
「…………」
ぺたんと、金色の髪に戻った少年が、胸を掴みながら膝をついた。
「大丈夫か、ユーオン殿」
「……ヨリヤ……」
敵がいなくなったので、話をするために翻訳機を再度装着する。少年を心配そうに見下ろす公家に、少年の方こそ、痛ましさが堪えなかった。
「……お主がそのような顔を、することはないのじゃよ?」
少年がどうしてそんな顔をするのか。自ら以外の苦しい何かを、自らのことと感じてしまう少年に、公家は困ったように笑う。
敵側についた仲間を、引き戻すことができなかった公家。その胸中には、自らの家族達の安泰への思いと、仲間を案じる葛藤が余りあった。
「幻次以外には――アラス殿のことは、黙っておいてくれ」
「…………」
青年が度々連れ回したという子供達を思い浮かべて、公家はそう力無く告げる。少年は黙って、コクリと頷いていた。
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