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「アラス殿は決して――わしらのことは害さないであろうが」
「……」
「お主と、クラル殿の姪とやらに関しては別のようじゃ。あえて標的を告げていったのも、実にあやつらしい」
何を求めて敵対したかの宣言。無用な戦いを避ける青年の信条と覚悟、公家はその思いも悟ったように沈痛を浮かべる。
「お主が御所にいる間は、アラス殿も手出しはせぬじゃろう。しかし……そこから先は、アラス殿が本気なら、わしらにも止められるかどうか――」
「いい。ヨリヤ達には関係ないだろ」
「…………」
即答した少年に、守るべきものの多過ぎる公家が苦悶の顔となった。
「ジュンもユウヤも、ツグミも誰も巻き込まない。ヨリヤが認めてくれるなら、すぐにでも出て行く」
「ばか者。お主の観察期間は、無期限じゃよ」
公家も即答する。しかしどれだけ少年を引き止めたところで、今の状況が長く続かないことはわかっていた。そのために黒い目の奥に大きな痛みと憂いを宿しているのだ。
「お主の行くべき場所が見つかった時には、止めはしない。そうでなければ、そう簡単に御所を出ることは許さぬよ? お主はわしのいる所で――ヒトを傷付けたのじゃからな」
「……――」
これまでは誰も口にしなかった咎め。しかし本来、在るべき糾弾。
ともすれば生まれて初めて、少年はそれを耳にすることになった。
「ユーオン殿。ヒトを殺すのは、いけないことじゃよ」
「…………」
「たとえどんな理由があっても、そのことには変わりは無い。お主が何者であっても――今この時世に生きる以上は、それを肝に銘じられよ」
「……――……」
それは少年が、どの地で生きていようと必要である枷。
誰かが伝えなければいけなかった。たとえそれでも、少年は剣を取ってしまうとしても。
「同じように……お主が自らを殺して生きる必要もないのじゃ」
本来、少年は、そうした運命を望んだわけでは決して無かった。
どれだけ痛みしかなかった道でも、そう生きることしか役割を見出せなかった。その天性の死神を、知るわけではない公家の言葉に、少年はただ、目を伏せることしかできなかった。
何故ならそれは、公家自身が欺瞞とわかっていた。それでも祈るような心で、少年の身をただ案じるがため、あえて口にした綺麗事だった。
この少年は決して、その必要の無い流血など起こしたことはないだろう。周囲の誰もが無意識に感じ取るほど、いつも穏やかな顔で、少年は優しげに笑っていたのだから。
「さぁ。御所に帰ろう、ユーオン殿」
こくりと、黙って頷く少年の手を、ただ哀しげに微笑んだままとった公家だった。
その手は最初と同じように、小さく温かった。
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