終幕

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 子供が多かったので、そう遅くない時間に会合はお開きとなった。  そうして御所に帰り着いた時には、金色の髪の少年は父の背で眠っていたはずだった。 「――あれ?」  赤い髪の娘が様子を見に、居室を訪れた時には、何も無い淋しい和室が広がっていた。 「……何してるんだか。こんな時間に」  そして真上の屋根の方で、娘は不思議な気配をすぐに感じる。  幼い頃からよく登った屋根へ、娘が瓦の上に降り立った時。  青白い月明かりの下で、滅多にない光景が広がっていた。  銀色の髪の少年が屋根に立っている。その周囲には、少年を取り巻くように月光を受ける呪符がひらひらと飛んでいた。 「……言霊の、お札?」  それは娘が、以前に少年に渡していた幾枚もの呪符だ。しかし今は一つ一つ、元々込めた言霊ではなく、違った「力」で少年の周囲を舞っていた。 「あの白い光の、お札もあるみたいだけど……」  宙を舞う大半は、刃物のように鋭くなった、紫の光を帯びた呪符だった。夜空の月を見上げる少年を守るように、ハラハラと上に下に舞っている。  夜に溶け込み、暗く青い影に(かたど)られる少年。それが持つ剣は、本来雨滴の似合う透明な刃で、浴び続けた赤の洗礼にいつしか濁ってしまったようで……けれどそこには、哀しく鋭い少年を映す紫の光沢があった。  護符に己の「力」を載せる。その使い方があると教えたのは娘だ。戦いに生きる銀色の髪の少年は、新たな力を体調が良い時に試してみたらしい。  触れば指が切れてしまいそうな、「刃」の「力」を載せられた呪符。  舞い散る紫の鋭いお札が一通り落ち着くまで、幻想的な光景を娘は黙って見続けていた。  その後に、こんばんは、と――自ら少年に声をかけたのだった。  月の光の下で、赤い髪の娘は後ろ手を組んで穏やかに尋ねた。 「アナタ……名前はあるの?」 「……」  振り返った銀色の髪の少年は、僅かに目を丸くしたようだった。  名前をきくこと。少年から言わせんとする、その問いかけの意味。  屋根に両手をつき、膝を立てて少年が座った。  佇むままの娘をしばらく見上げ、声を呑んで黙っている。  そうして少年は、いつしか思い出していた、大切な名前を口にした。 「……キラ」  何だ、と。娘は無表情な少年をまっすぐに見る。 「やっぱり一応、別人なんじゃない」 「……」  二つの色の髪と目を持つ少年。それは少年自身には同じであっても、違う名前――心を持った者なのだとそこで悟る。
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