半年前 -あの子がいなくなった-

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 客間にいたのは、少年水燬の母親だけだった。その姿を見て彼は、何も言えない衝撃を受けてしまった。 「あら。一足遅かったわね、翼槞。汐ノ香ちゃんはもう帰っちゃったわよ」 「……――」  水燬と同じ銀色の長い髪。水燬の赤い目は父親譲りで、孔雀緑の眼の母親――まぎれもなく北方四天王。 「本当、足並みの悪い『守護者』と『鍵』よね。アナタがマイペース過ぎるって、汐ノ香ちゃんが困ってたわ」  くすくす、と、長椅子の敷き布を替えながら笑う彼女。一人掛けの椅子に座れと眼で示すので、ぽかんとしたまま部屋に入る。  彼女の言う通り、ここにいる彼は、「汐ノ香という黒の守護者」の「鍵」だ。汐ノ香が「宝珠」の封印を守り、大きな「力」を制御するための補佐役と言える。  確かにそのはずだった。それをわかっているのに、彼は違和感しか持てなかった。 「……レイ姉ちゃん。何で、ここにいるの?」  ――は? と。城主の連れ合いであるのに、場違いだと言われた彼女が、鋭い眼を丸くして彼を見つめた。 「それは本来、私の台詞でしょ? アナタこそ、汐ノ香ちゃんと北の城にいるべきなのに、退屈だって毎日押しかけてくるんじゃないの」  頭の中には、二人の彼がいた。暗い森で、敵地の教会に向かったザイを待つ彼。  もう一人は、ここにいる彼。汐ノ香の「鍵」。どうやらそれは、あの森からザイの城に帰った自分のわけではないらしい。  何故なら、彼は―― 「……何で? だって、汐ノ香は……――」  その「守護者」――正確には、守護者になれる資質を持った天使は、目の前の彼女に抹消された。だからその後、彼が代わりに守護者となり、一人で彼女と戦ったのだ。  そんな大事なことを忘れるわけがない。彼女が最後まで敵対していたのは、彼の大事な相手を彼女が壊したからだ。本意でなかったと知っていても、翼槞も彼女を許せていない。
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