半年前 -あの子がいなくなった-

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 一瞬の幻の中では、掛物を抱えていた彼女が、不自然に抱きしめている誰かの遺物。それはつい先刻に、この教会で灰に還った知り合いの吸血姫の衣装だ。彼女がそれを助けたがっていることも、彼には痛いほど見てとれていた。 「悪いけど、これしか方法がないんだよね。オレにも想定外なんだけどさ」  彼には沢山、助けなければいけない者がある。そのために必要なのが、魔王一派との契約でもあった。  彼の目的を、彼女はほとんど知らないはずだ。そもそも彼女は、己と同じ「力」を持つ少女、「水華」の存在をも知らないのだから。  それでも彼女は何がしかを察したようだった。彼自身の大事な仲間、守護者達を裏切る彼に、憐れむような双眸を最後に向ける。 「……そうね。だから、私の命は、アナタにあげる」  彼の「水」で囲うはずの、小さな教会が徐々に炎に包まれていた。彼が彼女と戦っていると気付かれたのだろう。本意ではないが、魔王の残党が彼女を狙うように彼に命じている。  守護者たる彼の「力」に対抗できるのは、四天王以上の者だけだ。この炎上は明らかに、自らの縄張りの南の島で、弱った彼女を探しに来たザイの「力」だった。 「……残念だけど。オレはもう、後には退けないんだ、ザイ兄ちゃん」  解放されてからの水華はザイに預けた。ザイとしては、彼女に生き写しの水華を助けたように、彼女こそが大切で助けたいだろう。それでも水華の無事だけで諦めてもらうしかない。  ザイも彼女も知らなかったが、水華は二人の血から内密に、彼と同じ方法で造り出された人工の娘だ。それ故に強力な「力」を持ち、その「力」を狙われているのだから。  そうした真実を周囲に秘して、彼はかつての仲間達に背を向けると決めた。 「兄ちゃん達の仲間だったオレは……もう、いないから」
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