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そうして明朝から、しばらく家を空けることが決まった夜に。
京都より少し南の草原の端に位置する、人家は少ない人里の一角。青銀の髪の吸血鬼が「禍々しい」と先日に評したその民家で。
――助けて……水華――……。
既に慣れ切ってしまった、昏く赤い夢とはまた違う一面。
ある有り得なかった世界の夢が、銀色の髪の少年を襲う。
少年を襲う夢は、少年以外のものがほとんどだった。
――なんて……かってなヤツ……―
唯一、青白い剣の夢……じわじわと少年に忍び寄る旧い誓いだけは、少年自身のものだろう。それともその有り得ない夢は大きく違う。
昏く赤い夢とはまさに対極を成すのが、そのおかしな世界。妹分である娘が望みながら――それなのに少年の妹分が存在しない、有り得ない夢だった。
「……っ……」
いつもの吐き気とは違う、妹分の強い痛みが少年を襲う。
――よく平気だね、『剣の精霊』。
少年程ではなくても、似た方向性の勘の良さを持った青年には、無意識にそれが伝わっていたのかもしれなかった。
それは有り得なかった世界というより――有り得てほしかった世界の幻なのだと、少年は知っていた。
その世界は、瑠璃色の髪の娘……の両親が失われていない世界。大切なものを失った誰もがきっと願ってしまう夢で。
それを妹分の奇跡の笛が、具現化してしまった幻であると。
――あのな、シー。オレのことは……忘れていいから。
シルファ・セイザー。現在はラピス・シルファリーという妹分の本名を、そんな風に呼ぶ銀色の髪で赤い目の謎の少年が、その世界ではいた。茜色の髪の少女の代わりに、妹分の傍にいた幼なじみ。
しかし赤い目の少年は、唐突にその生を終わらせることになる。
それは青い目の少年が願い、探し求め――有り得てほしい存在の意味が、その世界にはいたからだった。
――何か……言い残すことはある?
まだその存在を少年は思い出せない。妹分の拙い幸せの夢を、そこで終わらせてしまった残酷な処刑人の名前。
「何でキラを……――が、殺すの?」
結局何処にも、平穏な幸せの世界――行き場はなかった。妹分をそう心から追い詰めた処刑人がいる。しかしそれを思い出せないようにされたことに気付かないまま、有り得なかった世界の夢を観続ける。
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