半年前 -あの子がいなくなった-

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 契約しよう、と。数多の秘密を抱えた彼に、教会の幼子は申し出ていた。 ――ぼくとピアスの、にいさんになって。『悪魔』の氷輪(ひわ)翼槞。  吸血鬼である彼は、人血を己が力とできる魔性を持っている。それは「悪魔」の素質であり、幼子はそうした悪魔と契約できる人形使いだった。  「ピアス」と名付けた、本命の天使の人形を傍らに、坦々と幼子が彼に近付く。 ――もしも君が、あの子を助けたいなら。ぼくと契約してくれればいいの。  あの子って、誰。切れ切れの吐息で、それだけ尋ねると、幼子は悲しそうに溜息をついた。 ――あの子は今、ぼくのねえさん。でも君がにいさんになってくれるなら、あの子のことは諦めるから。  二人の強い魔の血をひくがために、悪魔使いに囚われた水華。これは難儀な事態だと、悪魔払いが生業だった彼はすぐに悟った。思ったよりも深い因縁が彼と水華を包囲していることに気付いた。  それは彼に、彼自身を裏切らせてまでも、やり遂げたい一つの未練だった。 「……約束しろよ。水華を助ける方法……必ず、オレに渡すって」  守護者である彼の、本来の望みを無視した願い。胸裏に大きな穴を空けて、魔王一派という敵対者に、大事な魂を売り渡してまで。  その真意を彼は、この先誰にも明かすことはない。語らずとも悟る、直観の持ち主の察しを除いて。  そうして彼は一人、他に類のない魔性の守護者として、悪魔の道を歩み始める。 -了-
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