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誰もが一瞬、声を失ってしまった中で。
唯一冷静に、最初に言葉を発したのは土色の髪の乙女だった。
「ありがとう。アナタならきっと、そうすると信じていたわ」
「……――」
乙女は穏やかに笑い、自分達を守った少年を背後から見つめる。
「アナタは『ピアス』の――いえ、ソールのお兄さんなんでしょ? 私達と一緒に来ましょう……『ピアス』に囚われたソールを、助けてあげて?」
決して嘘をつくつもりはない乙女は、変わらずそうして、少年に重要な事の一端を伝える。背後から響くそうした乙女の声に、少年は剣を構えたままで、硬直してしまったが――
「それはそいつらには無理だから、こっち来なさい、ユーオン!」
びくっと思わず震えた少年に、迷いなき茜色の髪の少女の声が強く届いた。
いつの間にか紅の天使は、影も形もなくなっていた。
「今回はこれで退却! アンタはラピの兄貴でしょーが!? 悪魔の囁きに惑わされてんじゃないわよ!」
力の反動で座り込んでいた不調も微塵もなくなり、力強く光の羽を広げて少年の前に降り立っていた。呆気にとられる少年の手を取り、半ば無理やり引っ張り走り出した。
「――」
つい今まで少年の背で守られていた黒髪の幼子は、同じように守られた吸血姫の腕にかばわれながら、切なそうな声を上げた。
「ユオン……兄さん」
幼子から離れていく少年の姿を見つめ、表情は無のまま、ただ声だけに今までの無機質さと違う感情が込められていた。
「また……『ピアス』を置いてくの……?」
黒髪の幼子の、確かに痛みを噛み殺す声を、逃げる背中に受ける。
それでも幼子が誰か思い出せない……それが妹であるとどうしても自らに符合させられない、異常な程に大きな欠損。
あまりに大き過ぎる痛みが、誰のものかすらもわかってくれない。逃げるように少年は、場を後にするしかなかった。
――わたしのことはもういいから……ラピスを守ってあげて。
その心を少年が取り戻せない理由。
それは最早、その必要が無いからだ、と白い誰かは囁く。
妹という誰かを助けることが、少年が今ここにいる理由だった。それなら助けが必要なのは、既に自らを取り戻した相手ではない。
白い誰かは無邪気に残酷に、それを捨てたのは少年自身……昏く赤い夢に心を奪われた者のせいだと、現実を口にした。
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