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その小さな世界は、「天上人」の宝箱だった。
魔族や天界人。精霊や妖精、天使に悪魔。
様々な化け物が存在するこの宝界で、ヒトの形をしながら人間にない「力」を持つものを、まとめて「千族」といった。
「天界と、魔界と……地、界?」
「そう。この『宝界』は、それら千種を越える『力』の中心地なのじゃ」
ある宝の剣が無ければ、最早生きられない少年がいた。そのため少年は、常に剣を下げていられる袴を履くようになった。
その金髪で紫の目と尖った耳を持つ少年は、十五歳以前の記憶がなく、数ある千族の中でも自身が何者なのか全くわからなかった。
気付けば在った現世を知るため、見知った老婆の占い師を訪ねた。そんな少年に彼女は長い話を始める。
天界、魔界、地界という三つの世界と、この宝界は行き来が可能であるという。様々な「力」を使う「化け物」がいるのは、天界や魔界から流れ込んできた異形達が大元だった。
宝界の先住者、力なき地上人はその化け物に対抗できない。そのため天上人は秘宝を地上人に与え、文明の発達をも促したという。
「その『力』……宝が、『宝珠』ってこと?」
「あくまでこの時代――『宝暦』においてはな」
少年が今、世話になっている者達の守る宝。大いなる「力」を持つそれが「宝珠」だと聞き、その正体にも少年は興味があった。それで占い師はこの話から始めたのだ。
「『宝珠』は本来、『地』という天空の島に祀られるものじゃ。しかし三十年以上前に、魔族の大きな攻撃の後、五つの宝珠の『守護者』の内、三人が地上に逃げのびてな。『花の御所』はその内の一つなのじゃよ」
そんな数多な宝の存在に、この世界は天上人の宝箱――
「宝界」と呼ばれるようになり、長い時間が過ぎていったのだった。
天上人は、神に従う「天使」とそれ以外の「天界人」へと分化し、それぞれの領分を保ち存続していく。
「それじゃあ今、オレがいる御所は、守護者の天界人がたまたま住んでる所ってこと?」
その場所に住む者が、周囲の多数の「人間」とどこか違うことを、少年は初見から感じていた。
占い師はあっさり頷くと、御所内のごく一部だけがその血をひくと付け加える。
「それじゃアイツらは、天界人とかと人間の『混血』なのか」
人型だが恐るべき化け物である知人達。その正体を知り、かなり納得できた少年だった。
反面、占い師の方は、少年の正体に関して異論があるようだった。
「ところでお主は……一見は、明らかに妖精の類じゃが」
最早、妖精ではあるまい、と。腰に差す宝の剣無しには生きられない少年を彼女は看破する。
記憶のない少年が一つだけ、自身についてわかっていたこと。それでもあえて口を閉ざしてきた秘密に彼女は踏み込む。
「今やお主は……その自我を剣に依存した、『剣の精霊』」
少年はそこでようやく――この占い師の元に来た真の目的。
他の誰にも打ち明けなかった、最後の問いを口にした。
「……じゃあ、アンタならわかるか? この妖精は――」
己の正体は全く覚えていなくとも、この存在が呪われた者であることを、少年はとっくに知っていた。
「もう一度この身体で、コイツが目を覚ますこと、できるのかな?」
穏やか過ぎる微笑みで言う少年に、占い師が眉をひそめる。
それはある宝の剣の、終わりを意味することと知ってか――
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