直前  -the calm tempest-

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 船室に戻る扉を開けた直後、何かが水華の顔へ飛びついた。 「みぎゃああ! ぎゃあああどいて離れて、あっち行ってー!」 「――ポピ? ダメだよー、戻っておいでー」  まるで、猫の頭だけの生き物。頭から長い尻尾と、短い手足の生える珍獣が、器用に水華の顔に張り付いている。奇跡の幻を呼ぶという珍獣の飼い主が、あはは、と笑った。 「早く取ってこれー!! あたしにこいつ近付けるなー!!」 「はいはい、こっちこっち。ホントに水華は、ポピが怖いんだねぇ」  普段は冷静な水華が、その珍獣にだけは慌てふためく。実家の近くの森に同じ珍獣が大量に住み、小さい頃から水華に何度も恐怖体験をさせたからだ。  その様子に微笑ましげに……珍獣を模した小さなペンダントを身につける飼い主が、べりっと珍獣を引き剥がした。 「どーしたの、水華? 今まで一人で甲板にいたの?」  その飼い主とは、紛れもなく……――  先程水華の目前で、海に落ちていったラピに他ならず。 「また私のこと置いて、途中で船から降りちゃったのかと思った。船長さんとか心配するから、今度はそんなのダメだからね!」 「……また?」  そこでラピが、おかしなことを口にする。 「去年、一緒に旅に出た時。私だけ東の大陸行きの船に置いて、忽然と消えちゃったじゃない、水華」  いつもの笑顔ではなく、心配と不服の混じる顔で水華を見る。そのラピの肩で、水華の嫌いな珍獣が偉そうに鎮座していた。  一人で東の大陸についたラピは、港町より北東の村にいた水華を執念で探し出したという。  その珍獣の存在と、胸元の笛のペンダントに、ようやく水華はある真相を確信していた。 「じゃ……あの時も、ニセモノ?」 「? あの時、ニセモノって何?」  確かにあの時、彼女の身近に珍獣と笛はなかった。思い至るのが遅過ぎたくらいだ。 「みんなと別れて、もう半年って早いね。早いのに、長い旅だった気がするね」  にこりと笑うラピは、これまでと何も変わるところはなかった。
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