前日譚・AR プロローグ

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 ある小さな島国が、今では世界地図の中心だった。  島国の名前はジパングと言い、世界で三本指に入る、独特の文化が発達した歴史の濃い国だ。  特に支配階級者の集まる「京都」は、静かな街並みも地味に洗練されている。その管理中心地たる「花の御所」では公家という分類の、ジパング文化を代表する管理者が、京の街で起きた荒事に頭を悩ませていた。  獄舎(ごくしゃ)という、日頃は全く訪れる機会のない拘置所へ、いつもの直衣(のうし)で公家が訪れる。数回目の訪問相手であるのが、金色の髪を持つ異国の少年だ。最近の悩みの種が(うずくま)る簡易牢の前で溜息をつくと、少年は顔も上げずに、すぐさま同じ反応を見せた。 「――嫌だ。ここから出ない、何処にも行かない」 「……そうか。おぬしはまだ、そのようなことを言うておるのか」  身元不明で、紫の目に尖った耳など、明らかに人間ではない特徴を持つ少年。着ているものも西の大陸でよく見る「洋服」で、ほぼ黒一色の縦襟の装い。袖の無い黒衣が秋の気候では肌寒そうだが、大きな厚い外套で全身をくるみ、不審者そのものの恰好で少年は膝を抱え続けている。  それでもこの少年はつい先日に、荒事に巻き込まれた公家の息子達を助けてくれた。  公家は昔から、人間でない化け物との関わりを沢山持っている。公家自身、人間の中で暮らしているが、本当は人外生物の血をひく混血だ。  だから、怖がらなくて良い。その思いを最大限に黒の瞳にたたえ、少年を見つめると、公家を見上げていた少年が動揺を見せた。ぴったりとした下衣の膝を、外套の上からぎゅっと掴むのが見えた。  敵ではない。その思いは確かに伝わっている。公家も敏い方なので、少年が揺れていることがわかる。なのに何故、少年はここに留まり続けるのだろう。  鉄格子を開けると、びくっと少年が震えて、改めて公家の方を見上げてきた。  中に入り、少年の前で膝をついて目線を合わせる。土の床で着物が汚れるが、気にせずにそっと、袂を押えながら公家は細い手を少年に差し出した。 「ほら、何も恐れることはない。おぬしは恩人なのじゃから、わしが身元を引き受けて当然であろう」 「…………」  少年は口を引き結び、逡巡するように、公家の顔と手を交互に見る。  そして数分。思い悩んだらしい挙句、少年は恐る恐る公家の手の方へ、自身の汚れた手を小さく差し伸べ……。 「大きなお世話だ。知らない奴なのに」 「――」  ぱん、と。派手な音が簡易牢中に響くほど、少年は思い切って公家の手を叩き、あからさまに振り払っていた。 「…………」  笑顔のまま固まった公家の前で、少年がすぐに目を伏せる。この公家でない貴族なら、無礼者、と激昂してもおかしくない非礼だ。  これは確実に、悪いとわかっていてやったのだろう。わざとは良くない、そんなことを、公家はまず思った。  そして……。 「フウ……力ずくで解決というのは、良くないことなのじゃよ?」  少年を諭すように、これまでで一番の笑顔で言い切った後、公家はぱちんと指を鳴らした。そしてその数分後……。 「いやだあああ! 放せこのっ、筋肉ダルマっ、ヒト攫いっ、脳まで筋肉、人でなしっ、何でも剣で解決する力バカの筋肉バケモノー!!」 「てめえ、凄く失礼なことを、全部わかって言ってやがるな……頼也(よりや)の頼みじゃなきゃ、ぶちのめしてやるところだぞ」  雅やかなはずの京の街で、ガタイの良い侍に担がれた少年が、無理やり何処かに連れられていく。その後を歩く公家が、力ずくは良くないと力ずくで示して頭を抱えていたことを、ばたばた抵抗する少年以外は知る由もない。 +++++
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