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 一度目の問題は、少年が山科家の近くに自室をもらってすぐに起こった。  山科一家は御所の衛兵達の総元締めだ。だから出処のわからない荷物が届いた時など、宛先の貴族に渡される前に山科幻次――今では剣の師がまず検分する。  そんな中、弟子である少年が師匠の居室に近い廊下で雑巾がけをしていた時に、間が悪くその兇事は届いてしまったのだ。 「もう! どうしてアンタが、人の家の荷物を勝手に開けるのよ! それでこんな怪我をされちゃ、父上の面目が立たないでしょう!」  ぎゅっ。と厳しく少年の左腕に包帯を巻きながら、師の娘が相変わらずのきつい口調で少年を糾弾する。 「蒼達からきいてはいたけど、本当にアンタ、髪の色が急に変わるのね。だからって御所の中で剣なんて振り回されたら困るの、それくらいわかるでしょ!?」 「……」  金色の髪の少年は時に、その髪が銀色に、同時に紫の目が青へと変わる。  それは養父母も心配していたことで、そうなると少年は、周囲のことなどかまわずに動いてしまう。  しかし師の娘が怒っているのは、あくまで少年の怪我にだった。慣れない袴で立ち回ったせいか、贈り物に模した突然の外敵に苦戦してしまった。  それらの狼藉自体は半ば仕方ないと、本当は娘も理解している。少年は思わず、何度目かの弱音を吐いてしまった。 「だから、オレ……ここには、いたくない」  少年はずっと、養父母の家で引きこもって暮らしていたかった。自身が異端者であり、容易に外の世界のルールを犯すことは想像がついていた。  しかしあの家には常時の結界が施されているためか、術師である公家の占いでも探し当てることができないのだという。そして公家達からもらった袴は帯剣には存外に便利で、異邦者の少年を御所に馴染ませてもいた。  夕暮れ時の縁側に向かい合って座り、少年の手当てをしていた娘は、ふう、と息をつきながら、空の端に現れ始めた夕焼けを横目で見上げていた。 「頼也さんだって、帰せるものなら帰してるわよ。アンタ、自分が京都では不審者な上に監察期間中なこと、まだ理解できてないの?」 「…………」  だからこの滞在は花の御所側の都合で、少年自身の咎とは言えない。娘が言外に込める不器用な想いを、少年の直観は易々と受け取る。  なので、ありがとう。と静かに言うと、また娘は顔を赤くし、夕陽から目をそらしてまでそっぽを向いてしまった。 「そこ、お礼言うところ? 意味わからないし……」 「? だって、手当てもしてくれて、ツグミはいい奴だし」  少年はどうせ、長くはここにいない。娘はそう思いつつ、何だかんだで異国者に興味があるようで、度々話しかけてきた。  いつも怒っているような、それでいて声は落ち着き、仕草一つにも品のある鋭い雰囲気。それはまるで、高潔な戦友のような不思議な気安さだった。
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