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 少し暮らしてみて、少年にはすぐ、この御所の実態の一端がわかってきた。  ここは貴族階級が集まって暮らしているせいか、その身を狙われている者が多い。それを剣で守るのが師匠達の役目で、管理者である公家の烏丸頼也は、人間ならぬ「力」で御所全体を守っているようだった。 「でなきゃ、魔物が入った荷物なんて、多分送られてこないよな……」  御所の内には、その管理上、立ち入ってはいけない区域が多々存在する。少年はそんな区域の近くに行くと、「怒られる」と肌で感じ、いてはいけない場所が何となくわかった。  少年の保護監察期間は一応二カ月とされており、それもじきに終わるので、これ以上無用なトラブルを起こすことはない。居心地は少しずつ良くなっていたが、そんな感傷で自宅を放置するのは駄目だ、少年はそう判断している。  けれど、それはあくまで、金色の髪の少年の理性でしかなく……。    その事件は、少年が日中にたまたま掃き掃除をしていた時のこと。公家の下に訪れたある客人を、間近で「観て」しまったのが(わざわい)の元だった。 「それでは、陽炎(かげろう)殿と言ったか。しばらくはこの御所に滞在されると良い」 「ありがとうございます。どうかよろしくお願い致します――烏丸頼也殿」  東の大陸でよく見られる、覆面をした護衛の(しのび)を連れる着物姿の女。公家が迎え入れた二人を観て、少年の目は一瞬で青く染まり、髪もすぐさま銀色へと変質を始めた。  突然の衝動に、少年自身、吐き出しそうな怖れを覚えた。  無視すればいい。それが禍であるかなんて、激しく鼓動を始めた少年の胸以外、誰も保証はしない。  少年自身、何故その客達をそんなに脅威に感じるか、理由の全てはわからなかった。  それでも止まらない。この胸騒ぎを捨て置けば、いったい誰に被害があるだろうか。  (ほうき)を取り落とし、肌身離さぬ剣に手をかけた時、いつかの公家の笑顔が浮かび上がった。 ――おぬしは恩人なのじゃから、わしが身元を引き受けて当然であろう。  そうなのだ。あの公家は温かく、こんな得体の知れない少年を共に住まわせるお人好しだ。剣を決して手放せない少年を理解し、だからこそ御所の一員として袴まで与えてくれた。  ここで剣を収めても、少年が保身できるだけだろう。公家達に近付く禍を、それと知りながら見逃してしまえば、どの道少年は自分を赦せなくなる。  それが答だった。同時に、髪の色が完全に、金から銀へと移り変わった。 ――だからって剣なんて振り回されたら困るの、それくらいわかるでしょ!?  居心地が良いと、感じ始めてしまったのが、おそらくは一番の間違いだった。  温もりを知れば、失いたくなくなってしまう。たとえどんな手段を使ってでも。  そうしてそのヒト殺しは、袴と同じ紫の目を閉じ、長く眠り続けた青の眼光を確実に覚まし……。
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