一年前 -遠くへ-

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 「(やいば)の妖精」が行方不明になったから、探してほしい。  様々な千族が住む大国「ディアルス」で、過去に国境警備隊長だった何でも屋の彼は、旅芸人一座「レスト」の護衛を探す依頼を受ける羽目になってしまった。 「何でオレが……下手したら明日にも死んでるかもって、あれほど言ってんのによ……」  「警備隊長」とは最早名ばかりで、放浪の旅に出て帰らない彼を、何とか有用に使いたい警備隊の意向はわかる。しかしわかることと納得は別の話だった。 ――もしも見つからなければ、ラスティルさんが護衛をしてくれませんか? あ、あの、無茶なお願いだとはわかってるんですけど……。  ディアルスの警備隊は国境を起点に、世界情勢にも介入して回る外遊機関だ。同じようにディアルスを拠点とし、旅に生きる「レスト」の芸人達とは顔見知りが多く、現在は「竜牙(たつき)烙人(らくと)」を名乗る彼の旧い名を知られている。中でも花形「咲姫(さきひめ)」から直接頼まれてしまうと、どうにも断れなかった。  行方不明の護衛「刃の妖精」は少年剣士で、依頼してきた花形とはこっそり恋人関係にあったそうだ。彼も今は、消えてしまったヨメを世界中巡って探すあてのない旅にいるので、他人事ではない。  とりあえず手掛りを得るために、「レスト」の芸人達への聞き込みからだ、と滞在先の川辺を目指す。お忍びで動く彼の姿は、千族故に若い青年のままで、生来の紫苑の髪がとても目立ってしまう。額まで外套のフードで覆い、紫苑の目の上に大きな手製のゴーグルを着ける。  そうして素性を隠して歩いていると、大きな古傷の残る左肩が、ドクンと痛んだ。  十六年前、彼は双子の妹を取り戻そうとしてこの傷を負った。妹は取り戻せず、世界の化け物を裁く悪魔である「四天王」に殺された。その時に彼は、悪魔の悪戯で妹の魂をこの傷に埋め込まれ、それ以来、左肩を起点に心臓を止めようとする憎悪の発作が、ところ構わず起こる体質になってしまった。 「まあ、十年もたないって言われてたのが、もう十六年か……案外しぶといよな、オレも」
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