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「まいったのう。まさかこのようなことになるとは」
「それでさ。その下手人の『ユーオン』君は、まだ眠ったまんまなワケ?」
その御所の一室に眠る、少年の様子を窺いながら、知らない相手が公家と立ち話をしていた。
部屋を仕切る襖の外で、薄青いシルエットの軽装の青年と、重い声色の公家が何やら相談をしている。
「それが困るのじゃ。予想以上に体力の消耗が激しいようでな」
「ええー? それ、困るとこ違うんじゃないの、頼也兄ちゃん?」
白い浴衣で夢現の少年も、それは同感だった。
二か月前より公家がこの御所に引受け、保護監察中だった正体不明の記憶喪失の少年。
ようやく監察期間が明けようとした矢先に、少年は突然、公家の客人を斬るという前代未聞の問題を起こした。
それで公家は、今話している青年を呼び出していたのだ。
「いくら『悪魔憑き』とはいえ、初対面の、しかも女のヒトを斬り捨て御免かあ。兄ちゃん達の拾い者にしてはイイ度胸だよねー」
「言葉には気をつけぬか。そもそも誰も死んでおらぬぞ」
「それも妙な話だよねェ。オレに来る『悪魔払い』の依頼なら大体、誰か一人は死ぬんだけどさ」
公家には蒼潤という十四歳の長男がいるので、見た目ほどには若くないはずだ。それでも中性的で端整な顔立ちの公家は、この京都では有名な陰陽師の家系といい、実際は呪術を専門としている。その公家を、被害者の客人は悪魔祓いという依頼を手に訪ねていた。
「そもそも何で、『悪魔憑き』が呪術使いの兄ちゃんを訪ねてきたのかとか、色々ツッコミどころはありそうだけど」
青年の言う通り、公家には悪魔など専門外だ。だから公家は、悪魔と契約を交した人間への介入を仕事とする青年――通称「死神」である旧知の仲間に、意見を聞くつもりだったのだ。
「さすがに、いくら悪魔相手でもこんな人間の御所内でバッサリ殺っちゃうのは、オレでも躊躇するけどね?」
管理者として相当困んないの? と。死神でも何でもなく、一傍観者として青年は不思議そうにする。
「それはもう、各方面から、不審の声は上がっておるがのう……」
少年に斬られた客人は生きていた。それでもこの風雅な花の御所が、血で汚される事態はそうそうあることではない。
「そちらも追々対処が必要じゃが、こちらは差し迫っておる。お主でも回復はできそうにないか? あの少年は」
「残念だけど、ケガも毒もないんじゃ、こっちの方はお手上げ」
そうか、と項垂れる公家の一番の悩みは、目を覚まさない少年の消耗だった。
「お主も不調の所、呼び立てして悪かったのう。アラス殿」
そうして、死神でありながら「精霊魔法」による回復の業を得意とする青年を、礼を言って見送ったのだった。
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