一年前 -遠くへ-

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 一通り芸人達に行方不明の護衛のことを聞いた後、黒の守護者を茶店に誘うと、溜め息が出るほど無邪気に喜んで来た。昔もそうだったが、この異端の守護者――女のように華奢な体と端整な顔を持つ吸血鬼は、芸人一座にスカウトされるほど、美形で目立つことを全く理解していない。 「オマエ、あんなにちっこかったってのに……悪いこと言わねーから、ありのままの姿でいっとけ。無理にそうやって大人に化けずに」 「えーっ。オレ、兄ちゃんみたいになりたくて、服とかもリアンに選んでもらってるのにー」  吸血鬼は人血をどんどん摂取しないと成長が遅い。天の守護者がそんな行動をとれるわけもない。変化の力を使った青年姿でトマトジュースをすする吸血鬼に、ゴーグルだけ外した彼もうなだれる。確かに吸血鬼の恰好は、彼の外套内と似た装いなのがよくわかった。 「それにしても、『精妖刃(ジン・イャオレン)』だっけ? ここでの公演直前に急にいなくなって、オレも突然代役頼まれたけど、まさかラティ兄ちゃんまで捜索に引っ張り出されてるなんてさー」 「かなりの剣士だったらしいからな。本性は何でも鋭く刃とできる、人為の異能を持つ『刃の妖精』……最近、魔王の残党についてもきな臭い噂を聞くし、アラスも気を付けろよ?」  代役やってる場合じゃねーだろ。とがんをつけるが、基本的に守護者達は暇なのも知っている。「宝珠」まで動員しないといけないような戦いになると、下手をすればそれは、世界大戦レベルになってしまう。  それでもさすがの守護者は、「魔王」という単語を出した途端に、それまでの無邪気さを消して無表情に彼をまっすぐ見つめた。 「魔王の――残党?」 「まだ知らねーのか。ちょうどいい、ここで会えて良かったかもな」  幼顔の守護者の目端が僅かに歪む。引き結ばれた薄い唇の内にはほのかに牙が見える。  それまでの穏やかな視線が冷えた。変わったな、と、彼はすぐに察した。  守護者など大きな力を持つ者にはよくあることなのだが、この黒の守護者には、「力」を扱うための別人格が存在する。それは初めて会った頃から既にいて、普段の平和な笑顔が似合う少年とは違い、出生通り魔性の者として振舞うことを厭わない吸血鬼の心でもあった。 「地上に堕ちて三十年以上、いまだに不完全な守護者達じゃ、いつでも付け込まれるってことだよ。それはオマエもわかってんだろ? 『翼槞(よくる)』」  人格状態が変わったことに気付いているのを、名前を呼び分けることであえて伝えると、魔物としての吸血鬼が不敵に笑った。 「まぁねー。正直みんなもう、戦う気ゼロっぽいし。世界より家族の方が大事だよねぇ」 「それならそれで仕方ねーけど、せめて『地』の封印くらいしろよ? 本尊の『宝珠』は個々の守護者が守ってるとはいえ、祭壇奪われたら多分まずいだろ」 「うん、それに最後の『黄輝(おうき)の宝珠』も、まだ守護者なしのまま『地』にあるわけだしね。実際問題、今のオレ達に『地』を封印できるほど力の余裕のある奴、いないんだよね」
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