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 自身の居室でありながら、立ち尽くしたままの少年に、侵入者の姫はようやく、訪室の目的を語る。 「不躾で申し訳ありません。わたくしはただ、アナタにお礼と、お願いがあって参ったのです」 「……?」  怪訝な顔を崩さない少年にめげず、姫君も微笑み続ける。 「アナタのおかげで、わたくしに長い間巣食っていた悪魔は、影も形も無くなりました。この二百年――誰にも不可能だった悪魔祓いを、アナタは成し遂げてくださったのです」 「……二百年?」  正座した体勢で両手をつき、姫君が深々と頭を下げる。 「長い時でした。こうして、自らのことをお話しできる機会も、わたくしには長く許されませんでした」 「……」  姫君はおそらく、何一つ嘘はついていない。それは少年にはわかったが。 「わたくしの話を、アナタはきいてくださいますか?」 「――……話、だって?」  それでも少年の内を占めるのは、至って単純な葛藤だけだった。  その葛藤が何処からくるのか、それがわからないことだけが、普段は平和に笑う金色の髪の少年の顔を険しくさせていた。 ――……殺さなきゃ、いけないのに。  今この感情は、「銀色」でなくても明らかに少年自身のものだ。その必要を確実に感じておきながら、「銀色」がこの相手を見逃した理由。 ――でも……殺しちゃ、いけない。  湧き上がる思いの根拠が、金色の髪の少年にはわからなかった。  殺したいほど警戒すべき相手であるのに、殺してはいけない鎖が自身を縛る。  戦う者としての強さも、現状を見極める直観も。金色の髪の少年よりも、「銀色」の方がいつも上回っている。しかし「銀色」が外に出る時、少年の体には必ず強い消耗が起こる。 「オレにはあんたと――話す理由はない」  だから外に出るタイミングも「銀色」は滅多に間違えない。どうしても必要であれば、最低限だけ手助けをする。 「でも……あんたが……」  だから今、「銀色」が全く姿を見せない理由。戦うべき時でないことだけは、少年にもわかる。 「……何か話をしたいなら。……勝手にすればいい」  厳しい顔でも、それだけ何とか口にした。  姫君はずっと同じ無難な微笑みで、有難う、と口にしたのだった。  縁側に近いその居室内で。客人から可能な限り距離をとって座った少年を、塀の上から障子ごしに確認する人影があった。 「……これは……厄介、ですね」  薄青いシルエットの持ち主は、ただそれだけ、静かに呟いていた。 +++++
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