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 公家の仕事場を後にしてすぐに。  珍しく物音だけで、少年はある違和感に気が付いていた。辺りをきょろきょろ見回し、ひとしきり悩みの表情を数十秒浮かべた。 「……うん。騒ぎにならなければ、いいんだよな」  何かあったらまず報告して、それから行動の判断を仰げ。赤い髪でガタイのいい剣の師の怒声を思い出した。 「もう遅い時間だし……寝所は、さすがに知らないし」  探せばそれを、見つけられないことはない。  しかし違和感の発生源は、少年にのみ関わりそうなことだ。自分の問題に、そこまでして誰かを巻き込むことが、少年にはまず大きな苦痛だった。  そうして一人、違和感の源を目指す。  同じ体格の人間よりも、僅かに勝る程度の筋力や俊敏性で、物音をたてないよう必死に御所の屋根に登った。  そこでその闖入者は、黙って少年を待ち受けていた。 「……あんた――……オレに、何か用?」 「…………」  夜の闇の中、月光に仄かに映えて、白青の長い髪をなびかせている人影。実際は動くことのない硝子玉の眼が、ただ透明に、内から湧き出る青い光を湛えて無機質に少年を見貫いていた。  日中に会った「レスト」の護衛。「(リタン)」と呼ばれていた人形。  護衛は元々静かな声で、そのまま小さく口を開いた。 「単に――……個人的な興味です、『精妖刃』」 「……」  まっすぐに少年を見ている青い目は、少年に対して、その行方不明の妖精の名をはっきり口にする。 「我が主は、アナタが『精妖刃』だと言っています。それは私には、聞き逃せることではありません」 「主って……リンのことか?」 「……」  薄青い人影。人形に宿る「力」である相手は、難しげな表情で少年をじっと見つめる。 「……何やら色々と、込み入った事情がおありのようですね」  護衛の姿を見て、雇い主の一人の名前を出した少年に、肩をすくめるように一度息をついた。  その後再び、まっすぐに少年を見る。  無駄のない「力」たる生き人形は、あっさりそれを口にした。 「――率直にききましょう。『精妖刃』の(からだ)を勝手に動かす、アナタは何者なのですか」 「……」  少年はそこで、迷いの無い紫の目のまま人形を見返していた。 「……あんたと同じ。何かに乗り移った、ただの『力』だよ」  自らが口にした言葉の意味もわからず、無意識にそう伝えた。
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