一年前 -遠くへ-

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 その切実な問題は彼もよくわかっていた。「宝珠」は本来五つあり、五人の守護者が必要となる。その全員が揃ってこそ、祭壇である「地」ごと守ることができる。  今ここに「翼槞」の人格が出てきたのは、明らかにその対策について話すためだった。彼と翼槞は十二年前に、不在の守護者問題を何とかするための布石を打っているのだ。 「結局、『水華(みずか)』は使えそうなの? 兄ちゃんづてに竜宮に預けてから、オレはもう会ってないんだよねぇ」 「能力という話で言えば、予想通り破格だ。でもそれとは別問題で、使えるかというと、正直難しいところがある」  その「水華」という存在は、吸血鬼翼槞の本体である「アラス」にすら隠した最重要機密だ。足りない最後の守護者になれる「力」を持つ少女を、彼と翼槞は共同で造り出した過去がある。そもそも「アラス」が同じ方法で造られた、異端の人造守護者だったからだ。 「そっかー。アラスもそうだったけど、やっぱり人造の壁は、フツーでは越えられないかぁ」  不自然な生命体であるが故に、人造の吸血鬼は様々な制約を強いられてきた。その同じ苦しみを、「水華」に味合わせたいとは思わなかっただろう――優しい「アラス」の方は。  守護者とするために生み出された、異端の吸血鬼。それでいえば、今回捜索を頼まれた「刃の妖精」も、人造に近い化け物であったらしい。 「デザイナーチャイルドとか、人間は簡単に言うけどさ。思い通りの命を造ろうなんて、本来なら天罰が来たって文句言えないことだけどねぇ」 「それをごまかすために『死神』やらされてんだろ、オマエ。上司はよく選べよな」  守護者としてもそうだが、この吸血鬼は罰する側にいる。それがどれだけ吸血鬼を孤高にしているか、一端を知る彼は苦い目しかできなかった。 「他の守護者達はみんな、家族と平穏に暮らしてるっつーのに。オマエだけずっと天使のパシリで魔王対策してるなんて、割に合わなくねぇ?」  きょとん。と突然、「翼槞」が「アラス」に戻った。翼槞にはあまり、話したくない事柄だったのだろう。 「そうかなぁ? 他にやることないし、仕事もらえてオレはありがたいけど?」  本来この人格は記憶を共有しているが、吸血鬼の体を担当する「翼槞」が「アラス」に隠し事をするのはできるらしい。「水華」の話はもう終わりだ、と彼も悟った。 「ラティ兄ちゃんだって一人じゃん、ずっと。オレは翼槞もいるから淋しくないもんねー」 「……何かとても胸が痛くなったから、オマエはそろそろ、本気で真面目に『鍵』を探せ」  「宝珠」を守る守護者には本来、その力を封印・制御するための「鍵」が必要となる。黒の守護者にその「鍵」がいない事情を、誰より彼はよく知っている。「アラス」が最も信頼するのはその内の「翼槞」なのも言っている通りで、天涯孤独の人造吸血鬼は、己を守ろうとしてくれる別の人格達だけがずっと傍にいてくれる同胞だった。
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