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剣の師と御所に帰り着いた頃には、辺りはすっかり夕闇に染まっていた。
「今日はゆっくり休めよ。本当に顔色悪いぞ、ユーオン」
後、ちゃんと食えよ、と。うっかり頷けない言葉をかけてくれる師に苦笑いつつ、少年は居室に帰り――……と思いきや。
「……そこで何やってんだ、あんた」
既に大半が暗がりとなった、御所の広い庭の一角。
客人が自由に見られる範囲とはいえ、妙な時間に出歩く人影を、険しい気分が増した少年は見咎めていた。
「――こんばんは。アナタこそ、このような時間にいったい、どうされたのですか?」
人影はけろりと、暗い庭園で光の少ない大樹の下に佇んでいる。胸を斬られたことなど既に忘れ去ったような平常心の、自称天の民。
「わたくしは元々、夕闇が好きなのです。悪魔憑きであった後遺症でしょうか」
「……」
「何かわたくしに、アナタは気になることでもあるのでしょうか?」
平静且つ直球の、見事に無難な姫君。少年は当初の思いをはっきりと口に出した。
「オレには、あんたは――……悪魔憑きには見えない」
姫君はそこで、控えめながらも面白そうな顔で微笑む。
「そう見えていたら困ります。悪魔憑きの再発は、わたくしも望むところではありません」
そうなれば、今度こそ殺されますね、と。まるで他人事のように少年に笑いかける。
あくまで険しい目が少年からは抜けない。疲れの影響か、本来そこまで口に出すべきでなかったことをその後に続けた。
「そういうことじゃない……オレには最初から、そうは思えない」
姫君は少年の爆弾発言に、おや、と笑うように首を傾げた。
「それなら尚更困りますね。アナタはまさか、悪魔憑きでも何でもない相手を、殺そうとしたとでも言うのですか?」
「…………」
暗がりに在っても、姫君の存在感は薄められることはない。姫と言うには力強過ぎる目線で少年に対峙する。
「アナタはともかく、それでは烏丸殿も立場がありません。それでも……」
姫君はそこで、それなら疑問に思うということを口に出した。
「それでもわたくしが気になるというなら。何故アナタは、わたくしを見逃しているのですか?」
これまで決して、嘘をついたつもりのない姫君の揺るがなき目。
迷いなく相手を害した少年の、根本的な歪み――
「アナタからは、わたくしよりも余程、血の匂いがしますよ」
天性の死神たる少年を知るように、全ての表情を消して言った。
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