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 ――ドクン、と。記憶の無い少年を確かに震わせるその言及。  それが姫君の挑発でも、己の真実と正面から受け止めた少年は、ただ声を呑む。 「アナタは……わたくしの主と、何処となく似ています」 「――……」  姫君の仕えていた者。自らの従兄、そして妹を手にかけた後に「魔」となり、何処へと消えた呪われし天の民。 「主は自ら、汚れ役を引き受けたのです。わたくしはついに、そんな主を救うことはできませんでした」  姫君にはただ、憐れであったと。自ら破滅の道を歩んだ、一人の「魔」を脳裏に――姫君が天女だった頃の心を口にした。  それは確かに姫君にとって、己が根本の信念だった。 「汚れ役……――って」  それでも少年は、ハ――と。姫君の平和さを心から嗤った。 「役でも何でもない。ただ、汚れただけだろ、あんたの主は」  その赤は決して、そんな甘い言葉で拭えはしない。旧い剣の夢を、金色の髪の少年は思い出せない。それでも昏く歪む顔で笑った。  古い剣が赤まみれになる前に望んだ約束。清らかだったある黒い鳥の代わりに、赤く染まる運命を選んだ強い衝動……それを少年は知らなかったとしても。  暗がりの中では、金とも銀とも判別がつき難い髪の色で。  少年は、日頃に見せたことのない昏い笑いを女に向ける。 「従兄はどうか、知らないけどさ。妹を手にかける必要性が、あんたの主にはあったのかよ?」 「……」  母を害した従兄を手にかけたという「魔」の事情。しかしそれだけでは筋が通らないことに言及する。 「そもそも、天に悪魔を呼び込む意味がわからない。ソイツはあんたが、そこまで庇う相手じゃないだろ」  かれこれ二百年もの間、主を探してきたという姫君を少年はまさに否定する。それでも姫君は全く動じなかった。 「主は……おそらく、自らを殺してもらうつもりだったのです」 「……?」 「確かにアナタの言う通り、その結果妹の命が失われたことは、主にとって痛恨であったと思います」  誰より本当は信頼していた、腹違いの兄と妹。「魔」である己の幕引きを願った――そんな「魔」をこそ、救いたいと願った姫君の信念。それはその時から何一つ、変わってはいないのだろう。 「そんなの、巻き込まれる方にしたら、たまったもんじゃない」  それでもあっさり言い切る少年に、姫君は苦笑したようだった。  そうしてそのまま、何の会話も噛み合うことはなかった。  それを夕闇に溶ける青銀の人影が、見守っていたことには少年は気付かなかった。
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