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寝不足が続いた少年の躰が、ようやく本調子となってきた頃だった。
「ねぇ、ユーオン。ちょっと相談していい……?」
想定外過ぎる妙な事態は、ある日突然少年を襲っていた。
「ツグミ? どうしたんだ?」
赤い髪の娘は日頃から凛として、若年ながら公卿の家の気品を窺わせる鋭さを持つ。しかしその日は、ひたすら何故か当惑気だった。
「『レスト』って実際……どんなところか、知ってる?」
「――へ?」
あくまで引きこもる少年を置いて、結局馴染みのメンバーで、娘達はその旅芸人一座を再び観に行ったという。
そこで娘達の顔を覚えていた花形の女から、公演の後でしっかり声をかけられ、何やら全員で茶店に連れ込まれたと語った。
帰って来たその足で、娘は真っ先に少年の居室を訪れていた。
「いきなりうちの『咲姫』にならないかって誘われたんだけど……そんなのって、有り得ることなの?」
「――な」
驚愕の顔のまま、絶句した少年の正面で。僅かに伏し目がちに、肩に届くか届かないかの赤い髪をくるくるといじる娘だった。
あまりに驚き過ぎて、声も出せなくなった少年は、そのまま娘をくいくいと道場へ引っ張っていった。
「――絶対に駄目だ。有り得ない論外だ話にもならない」
剣の師――娘の実の父は少年以上に動揺し、必死にそれを隠す硬い顔で、すぐそう却下していた。
「……」
娘は困ったような顔付きで、うーんと俯きつつ、少しだけ恨めしげにしている。それが肝だとわかってはいたが、問答無用に娘を父の前に連れていった少年を横目で見つめる。
「旅芸人一座なんてろくな奴らじゃない。いつ何処にいて何をするか、いつ帰るかもわからない奴らに大事な一人娘を託せるわけがない」
「……それは、父上の偏見だと思うわ」
むーと口を引き結びながら、冷静に懐から名刺を一枚取り出していた。実際に話されたスカウト内容について、改めてそこで説明する。
「今日はあくまで、ちょっと話を聞いただけで。少しでも私が興味があるなら、きちんと一座の活動について、ご両親を含めいつでも何処でも説明に来ますって、そう言ってたけど」
「――何だとぉ?」
師が受け取った名刺には、マネージャーらしき者の名前と、裏には花形の女からのメッセージが書かれていた。師は警戒に満ちた目を少しだけ丸くする。
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