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王女と護衛の温泉物語。
娘が今日まで演じていた役柄は、鳥の名を持つ若い王女だった。
その金色の髪で赤い目の王女は、辛い経緯の後に得た豪脚以外は、特にこれといった取り柄があるわけではなかった。
ただ、その王女はとにかく努力家で、バランスが良かった。
「ツグミは全部を大切にするから、何でもできる奴だから……それはツグミ自身が、もっと褒めていいことだと思うにょろ」
「何で今日は、そんなやたらに褒めるのよ? ユーオン」
「……だって……」
その王女が生涯大切にしたもの。王女たる羽をくれた黒い鳥は、様々な特技を持ち、それでも優しい鳥だったはずだ。
自らに厳しく、危うげな黒い鳥と、王女が両方娘に重なる。旧い約束を思い出せなくても、少年は赤い髪の娘を見つめていた。
娘は今回、どうして「レスト」に興味を持ったのだろう。その根本を、少年は漠然と感じ取っていた。
貴族と侍の娘であるからかもしれない。銃を隠し持ち、才ある呪術師でもある娘は、何をやらせてもソツなくこなす。それだけ器用なのに、娘自身は驚くほどに不器用だった。「強く在らねばならない」思いが侍の娘として根付き、同時にヒトの業を知る呪術師の感性を持つ。優しいのに素直に優しく在れない。何でもできるのは特技がないとも言える。
武技では従兄に、呪術では従弟に敵わない。帽子の友人ほどの生活力もない。頑固な強気さでしっかり生きているが、それでも娘は「自分以外の誰か」になってみたかったのだ。常に自他の境界が曖昧で、何にでもなる少年のように。
野山に潜む木の実のような、優しい色の、小さな赤い鳥。
しかし何処か、赤にして赤らしからぬ、鮮やかでありながら慎ましい娘。
赤は本来、温かい色だ。
自らのことを覚えていない少年は、赤い色味を持つ者には、理由なく安心してしまう所がある。遠い昔、今は思い出せない何時かに赤い呪いを受けた時にも、その呪いの存続を願った。
そうして今も、呪いへの大きな親和性を持つ少年は――
「……俺と違って。鶫のは、キレイな赤だから……」
「――?」
元は透明度の高い青に生まれた少年は、後から赤にまみれることになった。今では自身が何色かわからなくなった。
「そのまま――……キレイでいてほしいんだにょろー……」
「……かなり酔い、まわってない? ユーオン」
ぺしっと。座敷の上で丸まって寝付いてしまい、そんな寝言を口にする金色の髪の少年を、困惑の赤い顔ではたく娘だった。
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