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「……いた――……」  泣き叫びそうな痛みで、瑠璃色の髪の幼女は目が覚めた。 「いたいよ……おかあ、さん」  もう何度も繰り返し観た、誰かの終わりの、昏く赤い夢。  その夢ではいつも主演者となる瑠璃色の髪の幼い子供と、ほぼ同じ姿の幼女が、痛む胸を押さえながら起き上がる。  あなたのせいよ、と。夢の最後には必ず、幼い子供の胸が鋭い刃物で貫かれる。  その狂気に支配されているのは、山里に封じられた禍に巻き込まれた幼い子供の実の母……禍のために夫を失い、後追い自殺を遂げた女だった。 「それは……シルファのせいじゃ、ないよ……」  枕元にあるぬいぐるみを、そっと手に取る。黒く大きな目で灰色の猫のぬいぐるみを、止まない胸の痛みを押さえるように強く抱きしめた。 「……エル? 大丈夫か?」  同じ部屋に眠る少女を起こさないよう、静かな声で、戸口から幼女の様子を窺う人影があった。 「……ユオン兄さん」  幼女が悪夢で目覚めたことを、リアルタイムで気付いた人影。幼女は顔を上げて扉の方を見る。  ぬいぐるみを抱えて寝台から降りる。暗い部屋から出た瑠璃色の長い髪の幼女の頭を、扉の外にいた人影が撫でる。今でも胸が痛い幼女を観て、困ったような顔付きで笑った。 「何か……温かいものでも飲むか?」  幼女が兄と呼んだ人影は、金色の短い髪で紫の目の少年で、人間である幼女の実の兄では本来有り得ない。紫の目を持つ精霊族の中でも、尖った耳と金色の髪という姿から、妖精の類であると周囲からみなされていた。 「うん――兄さん」  少年は、五感が及ぶ範囲の現状把握に優れる、直観という特殊な感覚を持っている。それは自身以外のことを、我が事と感じさせる性質がある。だから近くにいる幼女の夢を、おそらく同じように観ていたのだろう。  少年もだが、我が事でない悪夢を繰り返し観る幼女も、少年と似た直観の持ち主だった。幼女が夢を観ていたことを感じて、少年が声をかけてきたのだろうと、当たり前に把握している。  そうした暗黙の了解が当然である少年と幼女は、他に言葉を必要とせず、共に夜の台所へと向かったのだった。
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