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 様々な所で、小さな闘いが終わっていく中で。  屋上で俯いたままの瑠璃色の髪の娘に、帽子の少年はどんな声をかけて良いかわからず、ただ素直な想いを口にしていた。 「……ねぇ。僕達と一緒に……ジパングに帰ろう、ラピちゃん」 「…………」  それができれば苦労はしないのだと、娘は俯く。 「……もう、くーちゃん達の知ってる私は、ここにはいない」  僅かにだけ顔を上げ、少年が抱える仔狐をじっと見つめた。  それでもあくまで、魂だけの娘は事の次第を口にしない。 「くーちゃん達とは、ずっと一緒にはいられないから……」  既に時の止まった心は変えられず、同じ願いだけを言う。 「そんな私なんか――……もう、消えちゃえばいいの……」  何よりも、消え残る醜いだけの姿を忘れてほしい。この躰が残る限り、それは叶わないのかと、ゆらりと遠い地上を見下ろしてしまう。  けれど少年は再び――どうして? と。  困ったような儚さで、俯く娘に笑いかけた。 「それって……僕達とずっと、一緒にいたいってことだよね?」  取り返しのつかない大きな間違いに、今も気付くことができない娘。  帽子の少年にとっての真実を、泣き出しそうな笑顔で伝える。 「僕達の知ってるラピちゃんが、もういないって………だから僕達に、忘れてほしいって言うなら……」  いつか必ず消える身であるなら。せめて、消えたことに気付かないでほしいという望み。 「それならラピちゃんがいないことを……無かったことにしたいんでしょ?」  その結果は、消えたいという願いとは真逆。空ろでも生を希む心のはずだ。  有り得なかった夢が続くことが、娘の本当の望みなのだと。  俯いたままの娘は、廻り続ける願いを不意に停止させる。 「そんなの僕にはとっくに、無かったことだから……」  ある昏く赤い夢を忘れ、今もそこに立ち続ける少年が笑う。 「どんなラピちゃんだって……帰れるなら、一緒に帰ろうよ」  それでも今の、仮初めの娘が消える真実は無意識に悟った。腕の中の仔狐を、大切に守るようにぎゅっと抱き締める。  止まってしまった願いの隙間。それにするりと、素直な希みが入り込んだ。 「ずっと一緒がいいって、ラピちゃんが思ってくれるなら――」 「……――」 「それなら僕と……ずっと一緒にいてくれる?」  心からの笑顔で、少年はそう朗らかに口にした。  その顔を娘は見てしまった。安らかで、とても幸せそうな者を。  ずっと、一緒に。  そこでぼふっと、娘が全身で赤面する。 「……何だ? 熱でもあるのか、猫羽?」  灰色猫に連れられ、屋上まできた剣士の少年の前で、真っ赤なまま突然倒れ込んだ瑠璃色の髪の幼女だった。 +++++
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