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 兄も妹も、己以外の死者の体を貰い受けて新生した形だ。兄は古い記憶をあまり思い出せないが、妹は数千年もの遠い昔を、わりとしっかり覚えている状態だった。 「レンの体もラピスの体も、竜の眼の力で助かってるから……二人共もし戻っても、他の所に記憶がないと真っ白だと思う」 「レンは羽に記憶がありそうだけど。ラピスは……そもそも、まず戻らないだろうな」  幼女にお茶を炒れた後、兄は酒瓶を温め、ごく小さな杯で少しずつお酒を含んでいる。彼らが今いる国、「ジパング」の主食からできたお酒だ。その顔はただ痛ましげで――戻りさえすれば本来は自らの生を繋げる娘のことを思っているようだった。 「エルがその体を使う方がいい――竜の眼もエルの命だって、ラピスは帰ってくる気はないんだ」  俯く兄が口にする名は、養父母が元々連れていた養女だ。兄には実の妹と同じくらい大切な妹分だった。 「その方がオレのためになるって……だからラピスは自分から、消える道を選んだんだ」  淡々と無機質に言い、杯を含む少年は、元々非常に食が拙い。その養女が消えてしまった時から全く食事を摂れなくなったことを、この家にいる者は全員が知っていた。 「……ラピスを本当に追い詰めたのは、兄さんじゃないよ」  辛うじて酒類だけを兄はエネルギー源にしている。それも明朝から、養父と共にしばらく遠出する力を蓄えるため、嫌々の摂取だ。幼女は淡々と、無駄とわかった言葉を口にする。 「ラピスはシルファに戻りたかったんだよ。シルファのことを、ちゃんと……ほんとは死んでるって思い出したかったみたい」 「…………」  十四歳だった養女は、本来は六歳の時、幼い命を実母の手で奪われている。その時、ある魔物の女性の命を秘密裏に分け与えられた。それによって死した体を仮初めに動かされ、見かけだけ成長し、生を繋いでいた状態だった。 「シルファは命を食べるのが嫌で、でも独りで消えたくなくて、水華や兄さんに一緒にいてほしがって……だから、兄さんから記憶を奪ったり、水華を道連れにしようとした――」  その魔物の女性の命が尽きる局面が迫った中、養女は女性に命を返すこと選び、姿も幼く戻ることとなった。今の幼女の姿は、養女が養父母に出会った八歳頃のものだ。それまでは合意の上で体も成長するほど命を分け与えられ、自身が死者であることも養女は覚えていた。いつ死者に戻っても良いと、自暴自棄でいたからどうでもよかったのだろう。  しかし優しい養父母に出会ってから、かえって死にたくない思いが芽生えてしまった。他者の命を奪って生きる自身を嫌悪するようになった。自身を含む周囲に、己が死者であることを隠すようになった。  それくらい生への執着――死の孤独に苦しんでいた瑠璃色の髪の娘を、この二人の直観は嫌という程感じていた。
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