余話

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 娘の家である「花の御所」の、全く人の出入りのない書庫で。ある本を最初に見つけた剣士の従兄が、難しい顔で先日に口にしていた。 「ふむ。魔界に行くと誰でも悪魔になるって、書いてあるな」 「それ! 貸してその本、(そう)!」  過去にそうした知識も、一通り娘は教えられた。それ以上の解読をあっさり諦めた従兄から本を奪い取る。 「悪魔になっちゃうってどーいうこと、蒼ちゃん!?」 「鬼やら魔物やら妖獣やら……カタチは色々あるみたいだが、そいつらしい姿になるみたいだ。そうなる奴ばかりじゃないが、なる確率の方が高いみたいだな」 「じゃあラピちゃん、ひょっとして悪魔さんになっちゃうの!? どーなんだろ、鶫ちゃん!?」  書庫までついてきた街の友人、帽子の似合う白金の髪の少年が、従兄にしがみついている。娘は冷静に、手にした本の内容を確かめていく。 「……」  努めて冷静に、古書の内容を追う。読んでいて良い記憶などなかった本だ。呪術は本来、攻撃性の低い霊能を無理に戦闘向きにしたものと言える。念の強さを糧とする術は「魔」と非常に近縁にあると記されていた。  誰もが見下げ、蔑む存在である「魔」。その本質は、ヒトの望みを叶えるために存在するものであり……それなら何故蔑まれるのかが、そこには書いてあった。 「『魔はヒトを糧とし、ヒトの形に留まらず、ありとあらゆる手段を以て、ヒトの望みを叶えるものである』……要するに、願いを叶えるためにどんな怪物にもなるし、どんなことでもするイキモノになりますって書いてある」  そうした本性を顕わにする世界が魔界であると、難しい顔をしながら言う娘に、街の友人は震え上がった。 「じゃあ下手したら、ラピちゃん今頃怪物さん!? どうしよ、会った時にわからなくて無視しちゃったら傷付くよね!?」 「落ち着けよ。そいつらしい姿になるなら、ラピならそんなに酷いことにはならないだろ」  自然に冷静な夕陽色の鳥頭の従兄は、意思の力が己の姿、在り方を左右すると実感があるようだった。また己の周囲の者についても、簡単に自らの形を失ったりしないと信頼しているのだ。 「逆にユオンの方が心配だ。アイツすぐ、周りに影響されるし」  同じ剣の師につく弟子であり、瑠璃色の髪の友達の兄貴分について口にする従兄に、娘も全く同意で強く頷いた。 「ラピはああ見えて頑固だしね。ユーオンなんかは……悪魔になったらなったで、別にいいやって割り切っちゃいそう」  従兄と街の友人は、確かに、と揃ってそこで頷いた。
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