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「でもラピスは……シルファを止めてって、願ってた」 「……エル」  最終的に娘が消える後押しをしたのは、他ならぬこの幼女だ。己の命が宿る赤い鎧を身に着けた、処刑人の天使の人形。  その天使に、何故、と兄は尋ねた。その兄が明朝にいなくなる局面において、幼女はやっと答を返す気になっていた。 「ヒトの記憶を奪う神様になったシルファは、もうラピスには止められなかった。でもそれで兄さんが、消えてしまいそうになったから……だからわたしが、ラピスを殺したよ」 「…………」  今までわざわざ答えなかったのは、兄がとっくにわかっていたからだ。痛ましくも厳しい顔付きの兄は、そうした現実――娘が自らそれを望んだことを承知している。  娘は故郷の山里に封印されていた、ヒトの記憶を奪う力を持つ「神」を宿していた。「神」に命を囚われた娘を解放するには、天使はそうするしかなかった。  それをわかっている兄は……娘も天使も結局は少年を助けようとしたのだと、現実を呪っているのだ。 「それは兄さんのせいじゃなくて――わたしのせいだよ」  幼女の視野より範囲が狭い分、兄は鋭い直観を持っており、そこに映る現実の方が重く感じられてしまう。細かいところを切り出せばおそらく兄の方が正しいが、全体像ではそうとは限らない。  無表情のまま、願うように幼女は、幼女にとっての現実を口にした。 「わたしは処刑人だから。優しくないことをするヒトを殺す」  今ここにいる幼女の前身――赤い鎧をつけた天使は古来、無垢なる処刑人だった。 「兄さんも変わってないけど、わたしも変わってないよ」  処刑人たる天使の基準は一つ。気ままな私情だ。  現状把握に優れた天使は、常に「今」を観てそれを決めた。 「わたしも兄さんも……誰かを殺すことがお仕事だったから」  天使は天使にとって優しくないものを咎人と定め、その上でそれが殺すべき相手と誰かが定めれば、躊躇いなく命を奪った。  どれだけ本性――過去は優しい者でも、現在、誰かのためにならない行動をとる者は、どんな理由があっても咎人と定めた。  逆にたとえ、自己満足でも、現在誰かのための行動をとる者は、天使にとっては「優しいヒト」で生かすべき相手だった。
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