余話

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 何から何まで、わからないことだらけ。  恨めしげに少年の背を見つめていた時だった。 「……――え?」 「……」  じーっと……踊り場で立ち止まった少年が、自然な無表情で何故か娘を見返してきていた。 「あんた達は何で……ここに来たんだ?」 「――?」 「狐魄はあんた達と行きたいみたいだから、それはいい。でも……あんた達の目的は、それで良かったのか?」  その時の少年はおそらく、最大に優しげな無表情だった。  少年のその顔に後を押されるように、娘は思わず、あるがままの葛藤を静かに口にしてしまった。 「私達は……友達に会いに来たんだけど。でもそれは、迷惑なことだったのかもしれなくて」 「……」  これ以上近付かないで、と――悲鳴のような声だけが、今も耳には残っている。  狐魄に近付くな、と命を削って闘った少年のことも、今は直視することができずに目を伏せる。  しかし少年はあっさりと、無表情のまま首を傾げた。 「……何で?」  銀色なのに、まるで金色の髪の少年の時のような、平和な声色で口にする。 「何であんたは……そう思うんだ?」 「……――」  少年より二段下で立ち止まった娘は、改めて少年を見上げる。  心から不思議そうな無表情の少年に、躊躇いを忘れて話を続けた。 「友達の気持ちがわからないの。……ううん……今まで何も訊かなかったから……わかるはずなんてないよね」  それが何よりの気持ちの棘だった。口にして初めて気が付いた。 「もっと色々、話しておけば良かったって。もしかしたらもう……話すことも、できなくなっちゃったかもしれない」 「……」  まだその事実を娘は認めていない。それでも敏腕術師として冷静に、事態を悟りつつあった。少なくとも娘は、これまでと同じ姿の友達に会うことはできないのだと。  じわりと視界が滲んだ。もしもそうであるなら、友達を妹として大切にしていたこの少年は、どんな思いでいるだろうか。  推測を推測に留めるための如く、少年は黙り続けている。少年自身の痛みなど全く出さず、まっすぐ娘の黒い目を見ながら静かに言った。 「あんたが訊かなかったなら。それは必要なかったんだろ」 「……?」 「訊いてほしくないって、あんたならわかるんじゃないのか。それなら……それで良かったんだ」  無意識に相手の心を感じ取る、鋭い感性を持つ娘達に――それこそが仔狐の救いだったのだと、まるで伝えるように。
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