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「ラピスを……シルファをそうさせたのは、兄さんじゃない」 「……」  暗い夜半に、幼女が兄とこうして話すことになった理由。幼女の目を覚まさせた赤い夢を、そこで口にする。 「シルファのお母さんが、シルファを殺さなければ。兄さんも……わたしも、殺さないで済んだよ」  その幸薄い娘を、手にかける結果となった現実。躊躇いはなくとも、良しとしたわけではない。その気持ちは伝えたかった。  そんな幼女を未だに、兄の少年は厳しい目付きで見つめ続ける。 「……エルはもう、誰も殺すなよ」  幼女が決して、自らヒトを傷付けたい者ではなく、そう生きるしか道が無かったこと。兄はずっとそれを知っていた。 「兄さんは……どうなの?」  ヒト殺しの才能を持ち、多くの者の命を奪った過去を持つ兄も同じだ。淡々とその呪いを問い返す。  しかしあくまで、兄は赤い現実に身を置き続ける。 「オレは化け物だけど、エルは人間だろ。それに……」  彼らが誰かの命を奪った理由は、根本は違うと気が付いていた。 「ラピスはこれ以上奪いたくなくて、何か返したくて、エルに体をくれたから……エルは、ヒトの役に立ちたいだけだろ?」  それならそのまま躰の主の願い……幼女が本来の性質、優しく在ることを叶えれば良いと。無機質な紫の目で少年は口にした。 「オレは自分のために――多分、これからもヒトを殺す」 「…………」  この少年は、大切なものの脅威は全て滅ぼすことを、無自覚に根本としている。その脅威が観える目、ヒト殺しの才能を持ったことと、それが自己満足とわかる冷厳さが何よりの不幸だった。 「兄さんは本当に……優しいから、優しくないね」  兄と似た感覚を持ちながら、幼女は兄よりずっと自由に過ごしている。  本当は平和で穏やかな笑顔が似合う兄を思うが、現状でそれは変えられそうにない。それなら現状ごと変えるための行動を、気ままに練っていることを、兄は知る由もない。  明朝からしばらくいない兄と、そうして話せて良かったと思った。  悪夢で目覚めたことにも感謝するくらいだ。至って前向きな幼女は、八歳の躰に合わない落ち着いた表情で、暗い部屋の寝台へと戻った。
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