余話

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 娘の従兄に負けたことが、少年は心から嬉しいらしい。  だからこれだけ素直に微笑んでいる。鋭い霊感を持つ娘には重々伝わったのだが……。 ――こんな無防備っぷり、有り得ないしコイツ……!  それはとても、色々な意味で――  剣も呪いも、ほとんどヒトを傷付けるだけのものだろう。なのに娘達は違う、負けて良い相手だと信じている。  あまりの変貌に、思わず涙腺が緩みそうになった。そんな顔は何故か見せたくなく、そっぽを向くしかない。  苛烈な形ではあれ、少年は仔狐を守ろうとしただけ。それを娘は悪く思えず、だからさっきの賛辞が口に出た。  返答はどうあれ、そんな想いを無遠慮に受け取り、映す笑顔が目の前にある。  思えばここまでの少年の無表情も、悪魔の城という地にあり、警戒心に満ちた娘を映したものだったと思い至る。  金色の髪の少年もそうした所はあった。それ以上に、自らと他者の境界が曖昧である銀色の髪の少年を改めて感じた。 ――時雨ちゃん絶対押したら落ちるし!  それは本当のことだ。この少年なら己の内面に関わらずに、強い好意を向けられたら映し返すだろう。何の因果かここで誰かの台詞を思い出し、少年に振り返った。 「どうして――そんなに素直なの?」 「?」  少年はキョトンとした平和な顔で、娘を不思議そうに見つめる。 「……私が誰かもわからないのに。少しは警戒しなさいよ」  少年のそうした曖昧さは、別に悪いこととは思わない。それでもさすがに、もう少し線を引けと……理由もわからず、感情的に言いたくなってしまった。 「何で?」  少年はそこで、もう一度微笑むと、穏やかな様子で首を傾げた。 「あんたみたいな奴が、俺は多分一番――……」  ……一番、何だっけ、と。表情を消し、少年の声はそこで止まった。  娘を常に覆う、正体を隠す忘失の暗幕には関わりが無い。常に多くの情報を得過ぎて自らが曖昧な少年が、記憶容量にも限界を来たしつつあったことは、僅かな者しか知らない。 「い、一番、何よ!?」 「さぁ……わからない」  観ようとする優先的な情報以外には、強い想いから拾う少年の許容量は、もう余裕がない。今はこの娘を無事に送り返すことだけが精一杯で、少年自身のものでも、想いがわからない程差し迫っている状態だった。
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