余話

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 少年はこれまでの笑顔を消し、無表情に戻って俯いてしまった。 「……凄く、言いたかったことの気がするけど」  残念そうな声色で、小さく呟いた後に立ち上がった。 「行こう。このままここにいるのも、良くなくなってきた」 「え? もう進んでも大丈夫なの?」 「進んでも止まっても良くない。上がりながら違う道を探す」  さりげなく不穏事を伝え、少年自身の緊張感を無表情さに湛える。そこで何故か少年は、腕に巻いていた黒いバンダナを解くと、再びぎゅっと目の半分を隠すような形で額に巻いていた。 「――……」  バンダナが巻かれると同時に、少年の青い目が赤く染まる。どちらかと言えばあっさりした顔立ちが、一見は人懐っこくも鋭さと暗影を内包する、端整な別人のものへと変貌する。 「……アナタは、ここではずっとその姿なの?」  気配までが変わり、背にも謎の黒い翼を生やす少年は、まるで悪魔の城で悪魔と化したような印象だった。 「この方が――ここでは動きやすい」  淡々と答えた声の調子は、元々の青い目の少年と何ら変わらない。それでも再び、警戒心が起こるのは避けられない。  再び階段を上り出した少年に、娘も黙って続いた。  またしばらく、沈黙の時間が始まるのかと思いきや、 「誰かに会えば、あんたは一人で上に行け」 「え?」  娘に振り返らずに、少年は冷たい声で言った。 「この階段だけで最上階は行けないが、今の状態のあんたなら、うろついても誰も見咎めない」 「それって――」 「俺がいない方がこの先は、安全に行ける」  はっきり要点を口にする少年に、咄嗟にムっとしてしまった。 「ここは流惟さんの城なのに、アナタは安全じゃないの?」  これまではあえて抑えていた、少年側の事情を知る言葉を言ってしまう。  考えてみれば、この状況で最早正体を隠し通す必要もないと思ったのだが、 「あいつを城主にしたい奴全員が……俺の敵だ」  その違和感も娘を包む暗幕が忘失させてしまう。だから少年は、尋ねられたことへの答だけを口にしている。
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