余話

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「…………」  くるりと辺りを見回しながら、少年は安全を確認したのか、再び階段を上がり始めようとした。 「ま――待って!」  外套を掴んだまま、思わず叫んでしまった。 「……?」  少年は相変わらず素直に、娘の声にすぐに従い、足を止める。 「……まだ何か、心配なのか?」  娘を安心させたいかのように、バンダナをわざわざ外す。  元の顔に戻った少年に確かにほっとしつつ、それでも先程から続く不吉な予感は拭えなかった。 「……さっきのヒト……アナタの知り合いなの?」  その嫌な感じの正体がわからない。ただ不安げに尋ねるしかできない。 「いや……向こうは俺を知らないし、俺もよくはわかってない」  少年はそこで、驚く程に安らかな顔で儚く微笑む。 「でも――……俺が力になりたかった知り合いだと思う」  その遠い笑顔に余計に、娘の不安は煽られていた。  オマエをオレにくれと――そこにある本当の意味。それをこの少年が受け入れてしまいそうな、根源的な不安。 「あのヒトは……アナタを何処かに連れていく気がする」 「――?」 「これ以上、関わらない方がいい――そんな気がするの」  そうかな? と少年は、不思議そうな無害な目で笑った。 「アイツは多分、俺に悪いようなことはしないよ」  娘からは不自然に感じる程の、強い信頼と共に言い切る。これまでで一番危うげに見える少年の姿だった。  その黒い鳥に巣食う緋い蛇が、自らの依り代を求めていること。そして鳥と蛇の両方に少年が持つ縁を、娘は知らない。  それでもある運命の訪れを、騒ぐ胸はずっと感じていた。  連絡通路をいくつか通過し、やっと客人棟に入ったと少年が息をついた。 「ここからは多分、今までよりずっと安全だ。後はもう、この階段を最後まで昇ればいい」  少年は娘が思う以上に気を張っていたようで、少年にすれば初対面のはずの娘にそこまで肩入れするのも、つくづく危なげな相手だった。
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