余話

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「……ねぇ」 「?」  最上階に徐々に近付き、娘から緊張が和らいできたことを見事に少年は映して、雰囲気が和らいでいる。それを感じつつ――更にもう一つ現れた変化、目まぐるしい少年に思わず声をかける。 「どうしてそんなに、楽しそうなの?」  今や年齢相応の、大人しげな笑顔を湛えている少年。「?」と首を傾げつつ、娘から自身がそう見えるらしい理由を適当に応える。 「狐魄の悲鳴が消えたから。あいつがきっと、楽しいんだ」  その顔がまたあまりに、安らいで見えた。思わず、ふと浮かんだ思いをそのまま尋ねていた。 「アナタにとって――狐魄って何だったの?」 「……」  それはおそらく、少年がその無表情な顔に、殺せない痛みを最大に浮かべた瞬間だった。 「大切な奴だった……多分、この世界で一番」 「――え?」  曖昧なこの少年にしては珍しく言い切る。何故かちくりと、胸の何処かをさされた気がした。 「あいつの所には、俺の居場所があったから……でも、それはもう無くなったんだ」  少年の声には、義理でも妹に対する強い思い――それだけでは説明し切れない感情が宿るように思えた。 「アナタはそれじゃ……そこにいたかったの?」  何故か少年を直視できずに尋ねる。少年は苦しげに笑い、ああ。とあっさりそこで答えた。 「……」  黙り込んだ娘の思いは、娘自身すら理解できない。それを少年が理解できるわけもない。 「……それなら本当に、狐魄を手放していいの?」  難しい顔で尋ねると、それにもああ、と穏やかに答えた。 「俺にもあいつの居場所が無くなったから。だからあいつは、帰ってきたがらなかったんだ」  もしも少年のその想いに、名前をつけるとすれば。  少年が遠い日に見失った心。少年の代わりにそれをくれた義理の妹は、少年と似た者同士であるから同じ心を見出したと、娘は知るはずもない。 「そんなの――……それで、納得できるものなの?」  それを自己愛と呼べば、確かに世界で一番大切な相手だった。
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