余話

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 そんな少年に、娘はあえて軽い口調で言った。 「何か凄く、残念な顔してる」 「え?」  無意識に少しでも、少年が背負ったものを軽くしたい、そんな心がそのまま通じたのかどうか。 「そっか……そうだな」  残念なのか。と少年は、自身を占める想いに形を得たように、儚げに笑った。 「俺はあんた達のことも、あんた達が狐魄を連れて行くことも――多分、忘れるから」 「……――」 「それは確かに……残念だな」  忘失の暗幕に包まれ続ける少年。娘は少し目を伏せる。  この先、これで良かったのだと思えたとしても、痛みの方は残り続ける。残すしかない無念だと感じるように。  ほら、と少年は、娘が最初に来た階層についたことを、階段の踊り場から横目で示した。 「ここまで来れば、後はもう行けるだろ」 「……」  そこは少年の居室もある階で、これ以上は昇る気のない少年を少し不服な思いで見つめる。 「どうして……ここまでなの?」 「?」 「狐魄の顔、見ていかないの?」 「……」  心配なんでしょ? と咎めるように聞くと、 「俺は、あんた達とは違うから」  無機質にその断絶を返す。ここまでの穏やかな姿で、娘が忘れかけた少年の定めをあっさりと告げた。  従兄である剣士を、ともすれば殺すことも辞さなかった天性の死神。その冷然とした青い目に戻りながら。 「違うって……何が、違うの?」  ……それを尋ねてはいけない。尋ねてしまってから娘は、少年より上に昇った足を止めて、俯く少年を視界に入れて少し後悔した。  この自らが曖昧である勘の良い少年は、感じ過ぎてしまう多くの情報を、己と共に曖昧にしておくことが最後の砦なのだ。  それを声に出させてしまえば、強調された情報は少年を縛る。 「…………」  少年自身、娘達と少年は違うと言葉にした時に、そこには壁が存在すると自らに感じていた。それでも問われたことには誠実に答える少年が、躊躇うような沈黙を訪れさせていた。
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