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 何か水分を摂ることすら不快らしい兄が、ちみちみと杯を含み続けながら、最後に言ったことを思い出す。 「ラクトと水火の言うことをきいて、エルは留守番、よろしくな」  現在彼らがいるこの家には、非常に強固な結界が施されている。  弱小な人間に過ぎない躰の幼女が、少年と養父の留守中に危険に合うことのないよう、安全領域である家から出るなと兄は言っている。  それでも幼女には、明朝から企む一つの謀り事があった。 「……せっかく、できそうなことが見つかったんだから」  いなくなる少年と養父の他に、この家にいる二人の者の存在を感じ、ぎゅっとぬいぐるみを抱き締める。 「ラクトにも水火にも……手伝ってもらおう」  一人は今も同じ部屋で眠る、鎖骨までの紅い髪で、兄より二つ年下の少女。もう一人は少年や養父と同じ部屋にいる、先日からこの家に来た客、紫苑の短い髪と目の若い男だった。 「兄さん達には内緒だけど……」  硬くその決意を秘めていた幼女は、一人でうん、と一度だけ頷き……無機質に目を閉じ、あっさり眠りに落ちていった。  現状把握に優れる才能を持った、その幼女と少年の直観。化け物の少年は人間と同じ五感の及ぶ範囲で、人間である幼女の方は、化け物が持つ感覚である気配探知が及ぶ範囲で直観を発揮できる。  そんな不思議な逆転現象があるものの、基本的に共に「今」を観ることに長けている。記憶という過去や、無意識の領域を覗くことは苦手としていた。  今夜のように誰かの夢を、我が事のように観る場合を除いて。  そして今。温かな心持で眠りに落ちた幼女に訪れたのは―― ――……ラピちゃんにいいことありますように……。  先日までは確かに、瑠璃色の髪のこの躰の傍らにあったはずの想い。  幸薄くも常に微笑んでいられた娘を確かに支え、長く共にあってくれた誰かの声――それを届けるための通信の道具。そこに取り付けられていたはずの守り袋に込められた、まっすぐな思いだった。 ――つまんない物も入ってるけど、お守りになるといいな。  しかし何故か、そのお守り袋だけが、いつの間にかPHSから消えてしまった。そこに確かにあるはずの意味を、幼女は観逃さなかった。  そうして眠る幼女の枕元には、抱えていたぬいぐるみに壊れたPHSという、妙な付属品が架けられていたのだった。 +++++
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