余話

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 娘は自分でも理由のわからないまま、震える声で続ける。 「……待ってるから。狐魄と、一緒に」  少年は、娘達の正体には気が付けない。気が付くそばから忘れさせられていると知りつつ、それでも……。 「……――……」  背を向けて立ち止まり、俯いたまま黙り込んでしまった少年は、その忘失を込みで娘が観えていると、本当はわかっていた。  一瞬の気付きと、直後に襲う忘失の暗幕の最中にあっても。そんな刹那の心だけで、少年は娘を助けに来たのだ。 「…………」  その僅かな心で十分な程に、娘を助けたいと思っている。それは最初から、呪術師である娘には伝わっていた。この少年はずっとそんな心をまっすぐ向けてくるから、娘はいつも振り回される。 「アナタは――アナタだって、帰ってきていいんだから」  その少年が少年自身の言う通り、危険な存在であることはわかっている。  最初からそうだったのだ。少年はここにいてはいけない――いるはずのない、本来なら出会うことはできなかった誰かだ。  娘に馴染みの深い世界の言葉を使うなら、心霊……彷徨える死者に近い者なのだと。  けれど娘も、娘の周囲の者達も、それをあえて無視した。  在るべき世界に戻れというのは、この少年にはあまりに酷だ。それなら気付かないでおくことが唯一の、娘が少年に渡せる想いだった。少年は誰かと尋ね、知りたいと願いながら、踏み込まずにいないと消えてしまいそうで怖かった。  そうして少年のことを追求しないでいた娘や、ひいてはその周囲を想うように、少年は背を向けたまま顔を上げた。 「……誰にも、会う気はなかったけど」  そのまま、去りゆく自身の意志とは矛盾する、拙い希みを口にしていた。 「……でも、あんた達に会いたかった」  それは、ヒトの深い所を感じ取る娘には紛れも無く――  帰りたいと。そう願っているとわかる、少年の無自覚な本心。 「俺はあんたのこと……――だと思う」  その時少年は、自然に安らかに笑っていた。  少年の背後で赤くなって俯く娘に、直接見えたわけではないが。
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